おしゃべりきものⅡ-または、おしゃべりねこ

カテゴリ:本( 114 )




「82歳の日記」メイ・サートン

a0203003_17410026.jpg
 メイ・サートンは未知の作家だった。題名だけでこの本を読もうと思ったのは、わたしと一歳違うだけの女性の、身体や心の老いの有様を見たかったから。
 ベルギーに生まれ、4歳で両親とともにアメリカに亡命したメイは、生涯独身だったらしい。著書が何万部売れたという記述。多くの友人。病気や、身体の不随意。田舎の古い家に一人住んで、厳しい冬に暖房が止まる、汚水が溢れるなどのことが起こる度に人を呼ばなければならない。
 歩くのもやっとのような身体で、車を運転して食料を買いに行く。手助けをしてくれる若い友人の作った食事の美味しさ、ベッドに上がってくる飼い猫のピエロなどに幸せを感ずる。多くの人に贈られる花の美しさが度々語られる。
 わざと著書を紹介されなかったり、不当な批評を受けた悲しみなどには、何時までもおぼれず自分の中で処理して行く。
 すべて手放さなければならない時期の自覚、身体の変化に深く疲れる。
 この頃はもう、タイピングもペンによる執筆も困難で、テープに吹き込んだ「日記」だったという。完成の後一年足らずで亡くなった。

 表紙の、作者の写真。白髪。背から腰へカーブしたその線。両手をうしろに引いて、子どもがペンギン歩き、と言う、バランスのとりかた。すべて私の上にも表れてきていることと同じ。
 玄関の出入り、階段、時には椅子に掛けることさえ人の助けが要るメイに比べたら、鋸やスコップが使えるだけ私のほうが「若い」けれど、この年になると一年は短く、変化は早い。胸が萎んだ氷嚢みたいになるのも、80過ぎたらあっという間だった。
 「これで××歳!」「〇〇歳にしか見えない!」などの食品や薬品、化粧品の広告が後を絶たないのも、老いを恐れるからだろうけど、何をしようと年は年。じたばたしても仕方がない。。
 歯を失って見かけの老いがひどく深まったが、これも致し方なし。口角を上げた、微笑の表情をしていると口元の醜悪がある程度わからなくなる。そんなことより、身辺の整理。心も出来るだけ整理。あとは万事大自然にお任せ。

 
 

にほんブログ村



by buribushi | 2018-07-20 07:20 | | Comments(4)

いしいしんじの本「きんじょ」

a0203003_21235058.jpg
 AKIさんのコメントに答えて を、一部使わせてください。
 (先日歯根を抜いて頂いたとき、麻酔注射がはなはだ苦痛、あと上顎部まで何日も痛く、半・寝込み状態に。年寄りは何がきっかけで弱るかわからない、ということを実感しました。
 もし総入れ歯にするとなれば、残っている歯を全部抜かねばならず、そのたびにこのストレスか、とうてい耐えられない。歯なしでたべられるものを食べ、見た目の見苦しさは開き直って晒して生きるしかないか。今はそういう気持ちです。
 生まれて初めて年寄りになったので、発見する事多し。面白いと言えば面白い、おもしろくないと言えばはなはだおもしろくねぇ。しかたありませんね、引き返せない一本道、とぼとぼ行きます。
 まだ好奇心や、感動するちからや、残っているとおもうので、もうしばらくがんばります。行きたい処(生まれ故郷や、沖縄や、)は今年中に行こうと思います。)

 じつは今日、やっと顔色が出て来たと言われたところ。大量に歯の無くなった顔は年寄り以外の何物でも無いが、年寄りだもの。食べられるものは減ったけど食べられないことはないし、見苦しいのは開き直る。

 いしいしんじの本を興味深く読んだ。内容のことは改めて書くとして。なんぎな時はものを読んでいると過ごせる。欲しい本が届いて、それをベッドで読むときのうれしさ、ありがたさ。昔からの本好きでよかった。自分の読む本くらいは自由に求められるおあしをいただく仕事があってよかった。いまは食事作りや最低限の用を済ませば読んで過ごせる境遇になってよかった。
 もう一生のほとんどに近い時間と引き替えにではあるけど、そういう「今」が与えられていることがただありがたい。



 
 

にほんブログ村



by buribushi | 2018-06-08 06:08 | | Comments(13)

あけがたにくる人よ-永瀬清子詩集

a0203003_11410698.jpg
 あけがたにくる人よ   永瀬清子

あけがたにくる人よ
ててっぽっぽうの声のする方から
私の所へしずかにしずかにくる人よ
一生の山坂は蒼くたとえようもなくきびしく
私はいま老いてしまって
ほかの年よりと同じに
若かった日のことを千万遍恋うている

その時私は家出しようとして
小さなバスケット一つをさげて
足は宙にふるえていた
どこへいくとも自分でわからず
恋している自分の心だけがたよりで
若さ、それは苦しさだった

その時あなたが来てくれればよかったのに
その時あなたは来てくれなかった
どんなに待っていたか
道べりの柳の木に言えばよかったのか
吹く風の小さな渦に頼めばよかったのか

あなたの耳はあまりに遠く
茜色の向こうで汽車が汽笛をあげるように
通りすぎていってしまった

もう過ぎてしまった
いま来てもつぐなえぬ
一生は過ぎてしまったのに
あけがたにくる人よ
ててっぽっぽうの声のするほうから
私の方へしずかにしずかにくる人よ
足音もなくて何しにくる人よ
涙流させにだけくる人よ


a0203003_11422927.jpg
 居酒屋猫まみれさんに一株貰ったクレマチス、HFヤングは、後に知るとクレマチスを始める人はこの品種から、と言われるほど強健でいい品種だという。挿し木で多く増え、人に貰われて行き、うちの周りにも自生かのように、季節が来ればひとりで咲いている。


a0203003_11413327.jpg
a0203003_11415903.jpg
a0203003_11421340.jpg
 上から、デッキの前に咲くエゴノ木の花。玄関脇のナニワイバラ。姪のくれたクレマチス、ジョセフィーヌ。


 永瀬清子詩集は50代のころ買った。この詩一編のために、何回本の整理、処分をしてもこの一冊をのこす。
 いま80代になって読み返す。涙。






にほんブログ村



by buribushi | 2018-05-18 13:12 | | Comments(14)

一本の茎の上に-茨木のり子

a0203003_18070733.jpg
 「人間の顔は、一本の茎の上に咲き出でた一瞬の花である」と詩人は書いている。蕾も咲き初めも、咲き極まったのもーもはやカラカラの実になったのも」と。
 作者が気になるのは美醜よりもっと別のことで、ツングース系。ポリネシアの顔。漢民族。モンゴリアン。スラブ系もある。血のなかに伝わって来た因子が、偶然のように強く表れるのだろう。
 風や鳥に運ばれた種子のように、散らばり、咲き、また風に運ばれて、はからずも日本列島で咲いている。

 私はモンゴリアン、漢民族くらいはわかっても、ツングース、ポリネシアといわれても解らない。むかし、団伊久麿が書いていた。韓国の老人が彼を指して、あの同胞は誰だ、と言った話を。

 沖縄へ行くと民謡酒場に入る。国際通りの、観光客向けの大きい店ではなくて、地元の人が一日の仕事を終え、シャワーを使って、夕飯を済ませて、おもむろに晩酌に出て来るような裏通りや小路のお店がいい。
 
 時間を決めて、号令掛けて観光客にカチャーシーを踊らせる(そして観光客のカチャーシーの手つきは、何故か阿波踊りに似ている)大通りの店と違って、ランニングシャツのにーにー(兄さん)やシマサバ(ゴム草履)のおとー、おじーのいるような店は、カチャーシーが出ない晩もあるけど自然発生的にはじまるカチャーシーは文字通り踊り狂う、という言葉通りで、へたり込むまで踊れたりする。
 そういう店で、「ねーさんシマはどこ?」と聞かれ、「ニーガタです」と答えた。「あら、ないちゃーね。・・島の顔だと思ったけどよ」モノスゴク嬉しかったのに、大きくもない離島らしいその島の名を忘れてしまった。


a0203003_18075556.jpg
 まぎれもなくオキナワスズメウリ。あんな形の種子に、こんな葉が入っている不思議。


a0203003_18081380.jpg
 ハシモトさんのくれたナツハゼの木、去年初めて数粒実が着いた。今年は幾つも房のような蕾がついたよ。








にほんブログ村



by buribushi | 2018-05-16 05:16 | | Comments(12)

微微少少-森美禰歌集を読む

a0203003_10342043.jpg
 畏敬する歌人、森美禰さんの、生前ただ一冊の歌集。昭和30年から60年までの作品から千二百十二首がおさめられている。わたしが50歳の年に初めて読んで書き抜いた作品のほか、80歳のいま、はじめて分かるようになった作品もある。72歳という没年はお若かった。

 C誌の昭和62年7月号に、わたしが評を書かせて頂いたので、それを抄出したい。この大歌集の評が私に回って来たことに極度に緊張したが、大好きな歌集であったので断らずに任を果たそうと思った。書き始める前に、特急に乗って金沢まで森さんに会いに行った。借家であるという質素な日本家屋の部屋に通されたが、細かいことはもう覚えていない。
 どうということもない話をして、お茶を頂いて、そのあとタクシーで駅へ送って頂いた。それで書き始めることが出来た。

歌集評「生のあえぎ」から抄出。

 「千二百余の作品にも、あとがきにも、女性のおちいりがちな湿った繰り言のないことはこの集の特色の一つだと思う。身の上を語るものと言っては、職業に関するわずか五行の記述と、(十四歳秋晴るる日に移り来て遂に出づるなしこの城下町)など一、二の作品に尽きている」

 変貌し開拓し自在に生きしかど連衆の無能を許さざりき芭蕉
 無器量の者に伝へずと結びたる花伝の書芸を勝負と教ふ
 文章に勝れる一首それがほし夜ふけ涙ぐみ机に向かふ
 本といふ本の帯を今日捨てつ歌生まむ部屋清らけくあれ
 古机買ひ得て座る夜を暑しただみずからを救はんとする

「作者の文学観、また歌に対する姿勢の表れている思う作品から抜いてみた。芭蕉、花伝書の歌など、ぎくりとさせられるつよさがあり、読むに辛い。(師を離れその後なすなく終りしと凡兆をおもひおもひ夏逝く)(執着といはばいふべく訪めゆきて曾良の日記を見せてもらひし)など、なお数多くある。」

 生くること辛し死するは傲慢なり茫として立ちわが部屋広し
 目尻より耳を過ぎ頸に伝ふ涙産まざりし我を裁くものやある
 樹の下に座して哭きたしその根より土割れてこの身呑まれゆきたし
 思ひきれぬ愚かなる我を見給ひしその人よ眠れ雪吹雪く夜ぞ

  昭和44年に森さんがC賞を受賞されたときの紹介分から引用。「自らの上に微温的な生き方を許さず、つねに人間のあるべき姿を問いかけて止まぬといったその態度は氏の過去の作品を耀き多いものとしたが、同時に、それは現実の氏自身に多くの傷を負わせるものともなったようである。いわば裸身をもって詩の世界、存在の世界にいどむ求道者である氏・・・」

「しかし、この頃から作品は読者をほっとさせる寂かな明るさをも持ちはじめる。」

 月に照り耀く流れは菊橋の下ひたすらにくだりゆくなり
 壮年を迷ひて過ぎし誠実の胸に沁みつつ詩人のあとを訪ふ
 板の間の清きにひとり俯ける木工職人を見て歩み過ぐ

 「どうしても触れて置きたい置きたいのは作者の母上のことである。」
 
 世の母の如き意見を押しつけず老い給ひただ我を迎ふる
 わが母が培ふ草花はみな活きてよくなる不思議思ひてゐたり
 視力なき命に何を思へるや「秋空がきれいだね」と言ひにける母
 八十五歳撞木重くて曳けざればただ祈る母闇につくばふ

「文字通り(有り難き)までに澄み透った姿である。ひたすら真実を見たく、真実を詠いたく、必ずしもなめらかならぬ生を選び取ってきた作者の傍らに、永くこの母上の在られた事の意味を思わずにはいられない。」

 「力足らず、単なる紹介しか書けず終わってしまうのを申し訳無く思う。この集
を読み終えて受けたものは、とにもかくにも生きて行こう、歌をつくって行こう、というはげましであった。」「なお長く詠い続けられんことを。」

微微少少拙き生のあへぎなる体重かけて雪道を踏む
昼灯す古き二階に炬燵して耳掻きをれば秋は過ぎゆく
眠けれど眠りて思ひ断つは惜し春呼ぶ雨のほとほとと鳴る
ほぐれむと若き薄の穂はあかし越後国上見をさめの山

 この後、森さんから、「若い時の歌がどう読まれるかが気になるのでしたがよく書けてゐました。引用の短歌もいいし、いうことなしです」というおはがきと九谷焼のコーヒーカップをひとつ頂いた。コスモスの花が焼き付けられた小振りのカップは残って、森さん没後四半世紀が経ってしまった。
 私が昨日着ていたシャツは、森さんのお母さんが好きで着て居られたという縞木綿の単衣から作った。










by buribushi | 2018-05-07 15:17 | | Comments(8)

白馬・鬼無里 百首会の日

a0203003_14465904.jpg
a0203003_14471499.jpg
 人づてに古い写真を頂いた。91・6・15とあるから27年前のもの。写真からヘタに複製したボケ写真、載せてみる。
 最初の写真に、会のマスコット?利左右衛門さん、当時70代か。私の他はみな空しくなってしまわれたことを思う。54歳の私は髪くろぐろと背筋も伸びて、いかにも若い。仁王立ちしているね。
 傍らの杭に姫川源流の文字が見えるので、「白馬・鬼無里」百首会の時とわかる。当時、C短歌会の糸魚川支部に「百首会」という勉強会があり、年一度の週末、一泊二日で、普段行かないような辺境も歩いた。
 支部の会員でない私も許されてお邪魔虫すること12年、じつにじつに楽しい思いをさせて頂いた。

 帰ると、あとは期限内に百首の作品を提出しなければならない。全員の分がコピー・製本されて配られ、後日合評会になる。
 帰った翌日沢山取ってきたメモを拡げて座り込むと、いつの間にか何かが「降りて来る」ような具合で、次々生まれる歌を書き取るのがもどかしいという、百首会独特の状態に入ってしまう。
 家人が朝出かけ、夕方仕事から帰ると、朝と同じ形で机の前にいて、食事もとらず、書く以外何もしなかった私を見つけた。

去年(こぞ)の今日機嫌よくゐし利左右衛門の亡き旅を来て雨に濡れたり

と、わたしが後に詠った利左右衛門さんは、両方の写真にスケッチブックを抱えている。このスケッチブックは、絵が描かれ歌が書かれ、ぎっしりになるのだった。

a0203003_14464360.jpg
 源流の細き流れの生るるところ花には早き釣船草茂る
 
 幣(しで)下がる藁の縄もてくくられて双体道祖神わらべ顔せり

 幼子に前掛けの紐結ふごとく幣縄結へり道の辺の神

 歌の中に言葉になして言ひてをらぬ「何か」が持てる力を言はす (中山先生)

 燕らも越後大工も春に来て秋は帰ると小谷の甚句

 一行に名を彫るのみの墓碑と言へど次ぎて見るときものは思はる

 もの言へばわれをしばらく見てをりし猫は立ち去る青葉の陰へ

 野茨は崖に枝垂れてしろじろと花つづりゐつ信州鬼無里

 鬼無里村皇大神宮の山車(だし)に彫りぬ眠たげなる獅子咲ききる牡丹

 山車に彫る二匹の虎に小さきは子にかあるべし口開けて従く

 戸隠を去る道深くガスしまき木の葉のしづく窓に滴る






にほんブログ村



by buribushi | 2018-04-15 20:58 | | Comments(14)

ワクワクと読む「スモールハウス」の話

a0203003_22024298.jpg
 書店でひょいと手に取った文庫本を開いて見たら、極小さい(3坪くらい)の家の写真が出ていて惹きつけられた。帰りのバスの中でほとんど読んでしまう。
 家賃が要らない、ものを極力持たないようにせざるを得ない、無理に働かなくても、時給1000円のアルバイトを一日すれば何十日分の米が買える、などと。
 子どもの時、「鳥追い」行事で雪を掘りくぼめて部屋を作り、藁とムシロで作った床にあんかを置いて、もちを食べたりトランプをしたりしたときのわくわくした楽しさを思い出した。
 あれは遊びの楽しさもあるが、それより何より、自分たちだけの場所を作って籠もるのが嬉しかったのだ。
 小さい家はロフトを作って寝室にしている。居室は云々、その隅の台所は、燃料は、シャワー、コンポストトイレ、云々。まあこれはほんとに、雪室の鳥追い洞が少し進化したような物だ。外国にも同じような住みかたがあって、その家の外観、間取りが幾つも出ていた。
空き家が増えて、始末にこまる例が少なくないが、こんな家なら不要になったら畳んで始末しても一日とかからないことだろう。
大人のおとぎ話、と思ったら、無〇良品から買って組み立てるだけのキットが買える、という。この本の著者は廃材なども使って自分で作ったそうだけど、こういう暮らしを選ぶ、と言うことと、こまごま揃ったキットを買って組み立てる、ということは全然そぐわないはなしだ。






にほんブログ村



by buribushi | 2018-04-14 22:38 | | Comments(8)

サーフィン的読書-大琉球島航海記など

a0203003_22413365.jpg
 「逝きし世の面影」を読んでいたら、イギリスの船が「琉球」へ立ち寄った、やはり古い時代の記録があったことを思い出して読みたくなった。
 「大琉球島航海記 バズィル・ホール 須藤利一訳」という本は沖縄の古書店で買ったものだけれども、奥付によれば1940年初版、1955年再版発行。琉球新報社印刷、定価$3(3ドル)。用紙は粗末なもので、すでにやや黄ばんでいる。何回目の旅に、どこの古書店で買ったものか忘れてしまったが、いい買い物をして置いた。

 1800年代に、イギリスを出て朝鮮に立ち寄り、続いて琉球に立ち寄った時の記録。お互いの言葉を知らない者同士が身振り手振りで意思を通わせ、やがて琉球人がかたことの英語で、イギリス人がおなじく琉球語で話すようになるさま。
 イギリスの船が停泊するや、小舟が漕ぎ寄り、蒸した藷や水を差し出した。代価を求めるそぶりも見せなかった。というところや、追々身分ある者が来るようになり、贈り物をやりとりするところ、その品の一々。

 メーデーラ(真栄平)という男はことに賢く人なつっこく、水夫達が踊るのをじっと見ていてまったく同じように踊り出す。とか。
 みないかにも好意的だが、町の中を歩くことをなかなか許さない。王に会わせよというととんでもなく遠い処にいるから不可能だという(島の大きさはわかっているのに)とか。

 とても面白い。ママレードを使った菓子を初めて食べて、マーサ、マーサ(うまい、うまい)ンジャサ、アマサ(ニガイ、甘い)と言うところとか。船の修理が済んで島を立ち去る時、イードウシ、イードウシ(親友、親友)と言って泣き出すところとか。本州の日本人と違う、琉球人の人なつっこさ、気持ちの濃さ。ただ古い時代のことを見る、と言うことを越えて私には面白かった。
 
 岩波文庫に「朝鮮・琉球航海記」(春名徹 訳)1986年第1刷、2003年第7刷、があった。訳者が違うだけで同じ本。お菓子がニガイ、アマイのところもちゃんとあった。

 台湾を小琉球、沖縄を大琉球という呼び方が嘗てあったのだという。
 


にほんブログ村



by buribushi | 2018-04-10 00:08 | | Comments(10)

牧野伊三夫著 「仕事場訪問」

a0203003_22194582.jpg
 画家の牧野伊三夫が、2002年から2011年にかけて美術同人誌「四月と十月」に連載したものをまとめた本。取材相手はみな美術の仕事に関わる人々である。
 筆者は取材して原稿を書くなどという仕事は初めてだったという。

 銀座の「月光荘画材店」創業者の橋本兵蔵(1894-1990)は、子どものころから自然が好き、ことに虹が好きだった。18歳で上京、さまざまな仕事に就いた後YMCAの主事の家に書生として住みこんだら、向かいが与謝野鉄幹・晶子夫妻の家だった。知己を得て、与謝野家に出入りする多くの詩人や画家たちにも可愛がられ、いつかこの人達の役に立つ仕事がしたいと思うようになった。
 画材商になろうと、外国から絵の具の輸入を始めたが、船便で来るので届くのに半年もかかる。兵蔵は国産の絵の具の開発を目指した。戦時中ことに不足していたコバルトブルーを作り出そうと失敗を重ね、ついに純国産にして、月光荘オリジナル絵の具第一号コバルトブルーが生まれた。
 莫大な研究費を掛け大学の研究室でも作れなかったものが町工場で出来る訳がないと最初は信じて貰えなかった。その後世界の標準色全18種類を作り出す。1971年には、月光荘ピンクと呼ばれる絵の具で世界絵の具コンクールで一位をとるまでになる。
 銀座の月光荘画材店は、いまは兵蔵の娘の日比ななせが引き継いでいる。

 子どもの時から絵の好きだった兄弟、田口髙明と順二。家が貧しかったので、髙明は進学を諦めて働き、順二を美術大学へ進ませた。順二は美術教師になり、生徒らの絵が全国のコンクールで数々の賞を取る。
 溶接工場で働いていた髙明が「おれも定年したら絵を描こうかな」と言うと、「それでは遅い!」と弟に叱咤され、描き始めた。休みには朝から写生に出かけ、近頃は個展も開いたという。
 このほか63歳で炭鉱を退職してからから炭鉱の記録画を描き始め、その作品やノートがユネスコの世界記憶遺産に登録された山本作兵衛、版画刷り師の木村希八など、7人の人達が出て来る。


a0203003_22200239.jpg
 きょうの花、草木瓜が咲き始めた。










にほんブログ村



by buribushi | 2018-04-02 00:10 | | Comments(5)

ひんがすの こずまのえその-東北おんば訳・石川啄木のうた

a0203003_14464657.jpg
ひんがすの こずまのえその すなっぱで
おらァ泣ぎざくって
がにど ざれっこしたぁ
(東海の小島の磯の白砂に
 われ泣きぬれて
 蟹とたはむる)

 詩人の新井高子は、東日本大震災をきっかけに、詩にもなにかできないか。と考えた。東北生まれの石川啄木の短歌を、その土地言葉に訳して本を作る。
 日本現代詩歌文学館の協力を得て、大船渡の仮設住宅集会室などを会場に、地元の「おんば」(おばあさん。親しみや敬愛を含む)、土地言葉の達人たちが集まって、九回の催しを経て出来た100首の石川啄木歌集。
 
 啄木も本当はこう歌いたかったのではないか、と思うほど、温かくなつかしく、またせつない歌の数々。土地言葉の持つ篤く深い力を思い知らされる。

大海(おみ)さ向がって たった一人(しとり)で
七、八日(しぢ、はぢんち)
泣ぐべど思って家(ええ)ば出てきたぁ
(大海にむかひて一人
 七八日
 泣きなむとすと家を出でにき)

とっとぎでも着て
旅しでァなあ
今年もおもいながら過ぎたどもなぁ
(あたらしき背広など着て
 旅をせむ
 しかく今年も思ひ過ぎたる)

あん時になぁ 言わねぇですまった
大事な言葉っこ いまも
心さ残ってるがぁ
(かの時に言ひそびれたる
 大切の言葉はいまも
 胸にのこれど)

こんな百首にぶちのめされるよ。

 (かなしきは かの白玉のごとくなる腕に残せし キスの痕かな)
を、おんばたちは訳す。
 せづねぇのぁ
 あの白い玉みだいな腕さ残した
 チュウの痕だべ
啄木のキスの痕、はほの紅、おんばのほうは紫色じゃないかなぁ。唇がブ厚そうだもの。この訳が出来たときみんなで爆笑した、と編者。










にほんブログ村



by buribushi | 2018-03-19 15:30 | | Comments(4)

日々の気楽なおしゃべりです
by すばる
プロフィールを見る
画像一覧

最新のコメント

kazuyoo60さま ..
by buribushi at 20:25
demi_zoさま ほ..
by buribushi at 20:22
ミケさま 心配するほど..
by buribushi at 20:18
kazuyoo60さま ..
by buribushi at 20:13
何事も ほどほどがいいで..
by demi_zo at 15:12
天気予報を見ていたらそち..
by mikeblog at 14:01
警報が出ましたか。北陸に..
by kazuyoo60 at 13:36
有難い雨ですが、時間をず..
by kazuyoo60 at 13:11
雨は大降りではなかったけ..
by すばる at 09:54
お盆に全部のお墓に灯をあ..
by mikeblog at 21:35
tsunojirushi..
by buribushi at 20:45
悲しい悲しい日なのですね..
by tsunojirushi at 19:05
kazuyoo60さま ..
by buribushi at 15:25
妹さんが幼くして逝かれて..
by kazuyoo60 at 15:14
kazuyoo60さま ..
by buribushi at 11:44
sakkoさま 大旅行..
by buribushi at 11:37
tsunojirushi..
by buribushi at 11:31
汗を拭きながら焼かれてい..
by kazuyoo60 at 07:24
浜焼き、美味しそう。そし..
by sakko at 05:59
お疲れ様でした。大活躍です。
by tsunojirushi at 23:48

にゃんの針しごと

◆gardening
   ☆kazuyoo60さん
     のブログ
◆ネコと飼い主その職業と
  趣味

   ☆ゴンベイさんのブログ
◆元気そうじ屋
   ☆片付け・そうじ屋さん
     のブログ
◆掟破り*キモノ日記

   ☆華宵さんのブログ
◆なんでもかんでも手帳

   ☆ミミの父さんのブログ
◆東成瀬通信「んだすか。」

   ☆杉山彰・あおい夫妻
     のブログ
◆気まぐれフォトダイアリー

   ☆咲さんのブログ

ファン

検索

ブログパーツ