おしゃべりきものⅡ-または、おしゃべりねこ

カテゴリ:本( 119 )




草はおもしろい

      10月28日 日曜日 晴れたり曇ったり時に雨 12度-19度

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 春紫苑は大正時代に園芸植物としてアメリカから導入されたが、逃げ出してひろがったものだという。私はそれを知らないとき、こんなにしてやたらに咲いているけど、もし野原に無くて花屋で売っていたら買ったかも、と言ったことがある。

 タイヌビエ は代表的な田の雑草で、若い時は稲に偽装、というかソックリなので紛らわしい。そうまでして一生懸命田に順応したため、田以外のところでは生きにくくなってしまったとか。日本には稲と一緒に渡って来たそうで、長い付き合いだ。

 ヒガンバナとも言われる曼珠沙華は、中国揚子江付近原産で、種子が出来ないため球根で殖えて、すべてが親と同じ、クローンだという。日本中のヒガンバナが全部クローン、だって!世界中のも!
 アレロパシーがあるため近くに他の草が生えにくく、毒性があるので鼠も食わない。球根に澱粉を含み、水に晒せば毒が脱けるので、救荒植物でもある。そのため人の手で植えられて全国に拡がった。その澱粉で作ったもちを食べたことのある人は、美味しかったと言っている。しれいもち、とか言ったような。

 イチビはインド原産で、繊維を取るため栽培されていた。シルクロード経由で中国に4000年前頃渡り、そこから日本へ。縄や火口として利用されたが、廃れてからは雑草化した。
 ヨーロッパにとどいたものは開拓者と一緒にアメリカへわたり、トウモロコシ畑で茂った。やはりアレロパシーがあって他の雑草を抑え、トウモロコシと対等に生き延びた。
 日本で飼料用にトウモロコシを輸入するようになると、イチビの種子も紛れ込んで来た。牛はその種子を消化できないので、糞とともに出て発芽。イチビは東回り、西回りでそれぞれ日本に来た。

 セイタカアワダチソウは、唯一日本に入って来た頃から見ている。昭和40年代初めころだったか、関西で、黄色い花を付けた背の高い草が群落をなしているのを初めて見たが、何年も経たないうちに身の回りで見るようになった。
 花粉症の原因だと言われたこともあったが、花粉を飛ばす風媒花ではなく、目立つ黄色い花穂に昆虫が寄る虫媒花なので濡れ衣である。やはりアレロパシーがあって他の草の成長を阻害したのだが、自家中毒を起こしたそうで、いまは一時の勢いはない。
 煎じ汁はかぶれなどの痒みの特効薬だし、風呂にいれても、お茶として飲んでも、デトックス効果があると、商品化までされている。植物は興味が尽きない。
 





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by buribushi | 2018-10-28 21:49 | | Comments(8)

黄金言葉(くがにくとぅば)沖縄の智慧

10月17日水曜日 曇り時々晴 朝一時小雨 19度
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 沖縄の玉城デニー知事がこどもの頃、混血児であることで他の子どもに虐められたとき、養い親の大叔母が聞かせた言葉は、「十ぬ指や同ぬ丈無ーらん」(とおぬいびやゆぬたけねーらん)十本の指は同じ長さではない-人はそれぞれ違うものだという意味のことわざだったという。

 「黄金言葉」はそういう沖縄のことわざ200篇を集めて解説してある。

男-肋骨ぬ 一ち 不足」(いきがー そーきぶにぬ てぃーち ふすく)男のあばら骨は一つ不足。男性は女性に比べて少し子どもっぽくて、足りないところがある、と。
 聖書に男性の肋骨を一本取って女性を作った、というくだりがあった。
 沖縄の「そーきそば」は豚の「そーき」の部分を煮込んだものが載っている。

命どぅ宝」(ぬちどぅ たから)命こそ宝。命はなにものにも代えられない大切なものである。とくに戦後よく言われるようになった。
 沖縄北部、本部半島の先に伊江島がある(美ら海水族館へ行くと見える)。島の住人阿波根昌鴻(あはごん しょうこう)さんは、個人で集めた戦争の遺物を展示、反戦の意志を示す家を「命どぅ宝館」と名付けた。

行会りば 兄弟 何 隔てぃぬ あが」(いちゃりば ちょーでー ぬー ふぃだてぬ あが)行き会えば兄弟、何の隔てがあるか。
 出会うのは何かの縁があってのこと、きょうだいと同じに思って大切につきあ
いなさい。

 「聞かば 聞ち所に 捨てぃり」(ちかば ちちどぅくるに してぃり)聞いたら聞いたところに捨てよ。
 誤解やウソを言いふらす人もある。ワルクチや噂は聞いたらその場で忘れてしまいなさい。

 「月ぬ 走いや 馬ぬ 走い」(ちちぬ はいや うんまぬ はい)月の走りは馬の走り。年月は馬が駆けて行くように過ぎてしまう。時を大切にせよ。





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by buribushi | 2018-10-17 20:47 | | Comments(10)

沖縄文庫「西表島に生きる」「わが故郷アントゥリ」

         10月3日水曜日 晴れ 23度

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 この2冊の本を読んだことで、一人で西表の廃村あんとぅり(網取)を訪ねることにつながった。
 姉の雪子さんの本には、村の行事の何々の時は何を作って供える、食べる。という話がくり返し出て来る。人の手を借りねばならないとき(埋葬など)、差し上げるのが「にんごーうゎん(二合飯)という大きい握り飯。
 そのご飯が出来るまでの手順と言えば、千歯扱きで藁と籾に分ける。縦杵で突いて芒のぎ)を折る。薄い笊に入れて風で芒を飛ばす。磨り臼に籾を入れて大ムシロの上で、二人で紐を引いて臼を回し、玄米にする。玄米をもう一度臼に入れてたて杵で突いて、糠を篩い取って初めて精米になる。ご飯の貴重さがわかるというものだ。ウサイ(おかず)だって畑でとったもの、海でとったもの、山でとったもの、調味料から全部手作りで。

 武男さんの本は、その稲の品種がうるち13種、もちごめ3種、それぞれ香りの有り無し、粘りなどの性質と共に記録されている。藁が柔らかくて細工しやすいので作る稲、とか。香りは良いがぱさぱさしている、しかし釜増えがする(炊くと増える)、とか。雲や、星の光り方でわかる天候とか。
 ジュングヤカイサフユカイサ(十五夜美さ冬美さ)、旧暦九月十五日が晴れて月が美しいと、その年の冬は晴が多く良い冬である、と。その月を見るため月見の宴が催された。

 大変な労働で成り立つ暮らしだったが、また楽しく豊かな生き方でもあった。時々読み返して飽きることがない。

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 武男さんの本にある網取村の見取り図。この本を持って歩き、山田きょうだいの生家跡を見当付けた。畏れ有り、屋敷内には踏み込まなかった。


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 先日、長岡の博物館内で古書を見ていた時。衰え著しく、もう、自分の写真や鏡は見ないほうがいいようだ。

 沖縄の選挙だが、ああしてはっきり民意が示されたということは、うちなーんちゅのためばかりでなく、やまとぅんちゅにとってもいいことだった。ニューヨークタイムズの社説があの選挙に触れ、沖縄ばかりを犠牲にしていていいのか、とあったということを読んだ。
 新しい知事の父はアメリカ海兵隊の兵士だったという。ただ一人、ダブルのルーツを持つ知事を、テレビが騒がない。当選報道後、何が出た?あの選挙に好意を持つ、関心を持つ、ことは政権に憚りがあると、テレビやさんは思うわけ?
 天変地異より怖い。


 
 

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by buribushi | 2018-10-03 22:53 | | Comments(4)

英訳 諸行無常。と、Yonda?のはなし。

9月26日水曜日 曇りのち晴 23度
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 今日の新聞に、経文の英訳をした僧侶のことが出ていた。「諸行無常」を英訳すると、「Everything is changing」 すべては移りゆく だという。一度英訳されたものをさらに日本語に訳した経文があったら、すっ、と胸に落ちるような気がする。いまの世の中、すでにそういうものはあるのかも知れない。巡り会いたい。

 もうひとつ、新潮社の雑誌が廃刊になる話があった。性的少数者に対する不適切な発言を、さらに擁護するような記事を載せたという。抗議デモは、新潮社の前で、ただ、抗議の言葉を書いたものを胸の前に持って静かに立っている、というものだった、と。
 関連して見たニュースの映像では、「Yonda?」という新潮社のキャッチフレーズが書かれた看板に、「あのヘイト本」と書き加えて、「あのヘイト本読んだ?」になるようにした落書きがあった。優秀な落書き。ブルーシートを被せて、ちらと見えていた。恥部にふんどしをつけたんだね。
 
 いま本棚を見たら、新潮文庫の本が随分あった。「天の夕顔」も「おとうと」も、「多甚古村」も、また「あしながおじさん」「ハックルベリイ・フィン」「飛ぶのが怖い」「薔薇のいれずみ」もみんなそう。近くは梨木香歩の本が「冬虫夏草」など9冊あった。いい本が沢山。
 むかしは岩波文庫だけ。戦後角川文庫、新潮文庫が出て嬉しかった。いまは随分沢山あるみたい。出版社も大変だろう。けど、ある人らをおとしめて、別のある人らに擦り寄る、というのは、そういう仕事として大変恥ずかしい…一番恥ずかしいことのような気がする。ふんどししたって間に合わない。

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by buribushi | 2018-09-26 14:04 | | Comments(4)

ひと箱古本市・わたしの本事情など

9月8日土曜日 曇り時々雨 23度
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 一箱古本市は名だけ知っていた。10月下旬、長岡で開催という案内を見つけたので、出られたら出てみようかな。
 熱帯雨林地方で買うことをおぼえると、つい手軽に買ってしまう。書店で見つけて買った本が気に入って、同じ著者の本を何冊も密林で取る、とか。最近、今まで名前も知らなかった著者の本をやたらに読んで気がつく。これ、食べ物でいったらジャンクフードじゃないか。
 一度読んだらそれっきり、古本市用の箱にどんどん入れるようなものは、買うな!買い食いもせず、小遣いの目一杯買っていた高校時代の文庫本でさえ、まだ読み返すこともあるのに。
 それから、人が読んで良かったと言うので買う、のもいけない。本好き、と言っても人はさまざま、自分で選んだものでなくては。手放す本を選んでいて、つくづく反省。
 いま枕元は宮本常一の文庫本にして、眠くなったらばたりと落として安らかに寝る。宮本常一は講演集も、「宮本常一と歩いた昭和の日本」シリーズもあるけど、ばたり、は顔の上のことも多いので重い本はあぶない。

 イタガキさんの骨折りで、中央図書館から定期的に決まった数の本を借り出すグループを作っていたが、脚が悪くなってイタガキさんへの行き来もしにくくなった。自分の本を読み返すだけでもいいや、とめったに行かない
 他の人もいろいろご事情が、ということで、何年か続いたグループは今月で解散ということになった。


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 沖縄好きは沖縄本も好きで、行く度に書店・古書店に入る。これらはお払いになど出来ない。片端から読み返す。
 沖縄の書店は地元本のコーナーが充実しているし、いい出版社もある。大好きだった那覇市大道の古書店は無くなったし、宜野湾の古書店も久しぶりに行ったらなんだか様子が変わっていた。何でも百円のガラクタやで掘りだした本もあるから油断は出来ない。
 「日本人の境界」「天皇の逝く国で」は、私には沖縄本の一種。





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by buribushi | 2018-09-08 18:23 | | Comments(8)

「82歳の日記」メイ・サートン

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 メイ・サートンは未知の作家だった。題名だけでこの本を読もうと思ったのは、わたしと一歳違うだけの女性の、身体や心の老いの有様を見たかったから。
 ベルギーに生まれ、4歳で両親とともにアメリカに亡命したメイは、生涯独身だったらしい。著書が何万部売れたという記述。多くの友人。病気や、身体の不随意。田舎の古い家に一人住んで、厳しい冬に暖房が止まる、汚水が溢れるなどのことが起こる度に人を呼ばなければならない。
 歩くのもやっとのような身体で、車を運転して食料を買いに行く。手助けをしてくれる若い友人の作った食事の美味しさ、ベッドに上がってくる飼い猫のピエロなどに幸せを感ずる。多くの人に贈られる花の美しさが度々語られる。
 わざと著書を紹介されなかったり、不当な批評を受けた悲しみなどには、何時までもおぼれず自分の中で処理して行く。
 すべて手放さなければならない時期の自覚、身体の変化に深く疲れる。
 この頃はもう、タイピングもペンによる執筆も困難で、テープに吹き込んだ「日記」だったという。完成の後一年足らずで亡くなった。

 表紙の、作者の写真。白髪。背から腰へカーブしたその線。両手をうしろに引いて、子どもがペンギン歩き、と言う、バランスのとりかた。すべて私の上にも表れてきていることと同じ。
 玄関の出入り、階段、時には椅子に掛けることさえ人の助けが要るメイに比べたら、鋸やスコップが使えるだけ私のほうが「若い」けれど、この年になると一年は短く、変化は早い。胸が萎んだ氷嚢みたいになるのも、80過ぎたらあっという間だった。
 「これで××歳!」「〇〇歳にしか見えない!」などの食品や薬品、化粧品の広告が後を絶たないのも、老いを恐れるからだろうけど、何をしようと年は年。じたばたしても仕方がない。。
 歯を失って見かけの老いがひどく深まったが、これも致し方なし。口角を上げた、微笑の表情をしていると口元の醜悪がある程度わからなくなる。そんなことより、身辺の整理。心も出来るだけ整理。あとは万事大自然にお任せ。

 
 

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by buribushi | 2018-07-20 07:20 | | Comments(4)

いしいしんじの本「きんじょ」

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 AKIさんのコメントに答えて を、一部使わせてください。
 (先日歯根を抜いて頂いたとき、麻酔注射がはなはだ苦痛、あと上顎部まで何日も痛く、半・寝込み状態に。年寄りは何がきっかけで弱るかわからない、ということを実感しました。
 もし総入れ歯にするとなれば、残っている歯を全部抜かねばならず、そのたびにこのストレスか、とうてい耐えられない。歯なしでたべられるものを食べ、見た目の見苦しさは開き直って晒して生きるしかないか。今はそういう気持ちです。
 生まれて初めて年寄りになったので、発見する事多し。面白いと言えば面白い、おもしろくないと言えばはなはだおもしろくねぇ。しかたありませんね、引き返せない一本道、とぼとぼ行きます。
 まだ好奇心や、感動するちからや、残っているとおもうので、もうしばらくがんばります。行きたい処(生まれ故郷や、沖縄や、)は今年中に行こうと思います。)

 じつは今日、やっと顔色が出て来たと言われたところ。大量に歯の無くなった顔は年寄り以外の何物でも無いが、年寄りだもの。食べられるものは減ったけど食べられないことはないし、見苦しいのは開き直る。

 いしいしんじの本を興味深く読んだ。内容のことは改めて書くとして。なんぎな時はものを読んでいると過ごせる。欲しい本が届いて、それをベッドで読むときのうれしさ、ありがたさ。昔からの本好きでよかった。自分の読む本くらいは自由に求められるおあしをいただく仕事があってよかった。いまは食事作りや最低限の用を済ませば読んで過ごせる境遇になってよかった。
 もう一生のほとんどに近い時間と引き替えにではあるけど、そういう「今」が与えられていることがただありがたい。



 
 

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by buribushi | 2018-06-08 06:08 | | Comments(13)

あけがたにくる人よ-永瀬清子詩集

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 あけがたにくる人よ   永瀬清子

あけがたにくる人よ
ててっぽっぽうの声のする方から
私の所へしずかにしずかにくる人よ
一生の山坂は蒼くたとえようもなくきびしく
私はいま老いてしまって
ほかの年よりと同じに
若かった日のことを千万遍恋うている

その時私は家出しようとして
小さなバスケット一つをさげて
足は宙にふるえていた
どこへいくとも自分でわからず
恋している自分の心だけがたよりで
若さ、それは苦しさだった

その時あなたが来てくれればよかったのに
その時あなたは来てくれなかった
どんなに待っていたか
道べりの柳の木に言えばよかったのか
吹く風の小さな渦に頼めばよかったのか

あなたの耳はあまりに遠く
茜色の向こうで汽車が汽笛をあげるように
通りすぎていってしまった

もう過ぎてしまった
いま来てもつぐなえぬ
一生は過ぎてしまったのに
あけがたにくる人よ
ててっぽっぽうの声のするほうから
私の方へしずかにしずかにくる人よ
足音もなくて何しにくる人よ
涙流させにだけくる人よ


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 居酒屋猫まみれさんに一株貰ったクレマチス、HFヤングは、後に知るとクレマチスを始める人はこの品種から、と言われるほど強健でいい品種だという。挿し木で多く増え、人に貰われて行き、うちの周りにも自生かのように、季節が来ればひとりで咲いている。


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 上から、デッキの前に咲くエゴノ木の花。玄関脇のナニワイバラ。姪のくれたクレマチス、ジョセフィーヌ。


 永瀬清子詩集は50代のころ買った。この詩一編のために、何回本の整理、処分をしてもこの一冊をのこす。
 いま80代になって読み返す。涙。






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by buribushi | 2018-05-18 13:12 | | Comments(14)

一本の茎の上に-茨木のり子

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 「人間の顔は、一本の茎の上に咲き出でた一瞬の花である」と詩人は書いている。蕾も咲き初めも、咲き極まったのもーもはやカラカラの実になったのも」と。
 作者が気になるのは美醜よりもっと別のことで、ツングース系。ポリネシアの顔。漢民族。モンゴリアン。スラブ系もある。血のなかに伝わって来た因子が、偶然のように強く表れるのだろう。
 風や鳥に運ばれた種子のように、散らばり、咲き、また風に運ばれて、はからずも日本列島で咲いている。

 私はモンゴリアン、漢民族くらいはわかっても、ツングース、ポリネシアといわれても解らない。むかし、団伊久麿が書いていた。韓国の老人が彼を指して、あの同胞は誰だ、と言った話を。

 沖縄へ行くと民謡酒場に入る。国際通りの、観光客向けの大きい店ではなくて、地元の人が一日の仕事を終え、シャワーを使って、夕飯を済ませて、おもむろに晩酌に出て来るような裏通りや小路のお店がいい。
 
 時間を決めて、号令掛けて観光客にカチャーシーを踊らせる(そして観光客のカチャーシーの手つきは、何故か阿波踊りに似ている)大通りの店と違って、ランニングシャツのにーにー(兄さん)やシマサバ(ゴム草履)のおとー、おじーのいるような店は、カチャーシーが出ない晩もあるけど自然発生的にはじまるカチャーシーは文字通り踊り狂う、という言葉通りで、へたり込むまで踊れたりする。
 そういう店で、「ねーさんシマはどこ?」と聞かれ、「ニーガタです」と答えた。「あら、ないちゃーね。・・島の顔だと思ったけどよ」モノスゴク嬉しかったのに、大きくもない離島らしいその島の名を忘れてしまった。


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 まぎれもなくオキナワスズメウリ。あんな形の種子に、こんな葉が入っている不思議。


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 ハシモトさんのくれたナツハゼの木、去年初めて数粒実が着いた。今年は幾つも房のような蕾がついたよ。








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by buribushi | 2018-05-16 05:16 | | Comments(12)

微微少少-森美禰歌集を読む

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 畏敬する歌人、森美禰さんの、生前ただ一冊の歌集。昭和30年から60年までの作品から千二百十二首がおさめられている。わたしが50歳の年に初めて読んで書き抜いた作品のほか、80歳のいま、はじめて分かるようになった作品もある。72歳という没年はお若かった。

 C誌の昭和62年7月号に、わたしが評を書かせて頂いたので、それを抄出したい。この大歌集の評が私に回って来たことに極度に緊張したが、大好きな歌集であったので断らずに任を果たそうと思った。書き始める前に、特急に乗って金沢まで森さんに会いに行った。借家であるという質素な日本家屋の部屋に通されたが、細かいことはもう覚えていない。
 どうということもない話をして、お茶を頂いて、そのあとタクシーで駅へ送って頂いた。それで書き始めることが出来た。

歌集評「生のあえぎ」から抄出。

 「千二百余の作品にも、あとがきにも、女性のおちいりがちな湿った繰り言のないことはこの集の特色の一つだと思う。身の上を語るものと言っては、職業に関するわずか五行の記述と、(十四歳秋晴るる日に移り来て遂に出づるなしこの城下町)など一、二の作品に尽きている」

 変貌し開拓し自在に生きしかど連衆の無能を許さざりき芭蕉
 無器量の者に伝へずと結びたる花伝の書芸を勝負と教ふ
 文章に勝れる一首それがほし夜ふけ涙ぐみ机に向かふ
 本といふ本の帯を今日捨てつ歌生まむ部屋清らけくあれ
 古机買ひ得て座る夜を暑しただみずからを救はんとする

「作者の文学観、また歌に対する姿勢の表れている思う作品から抜いてみた。芭蕉、花伝書の歌など、ぎくりとさせられるつよさがあり、読むに辛い。(師を離れその後なすなく終りしと凡兆をおもひおもひ夏逝く)(執着といはばいふべく訪めゆきて曾良の日記を見せてもらひし)など、なお数多くある。」

 生くること辛し死するは傲慢なり茫として立ちわが部屋広し
 目尻より耳を過ぎ頸に伝ふ涙産まざりし我を裁くものやある
 樹の下に座して哭きたしその根より土割れてこの身呑まれゆきたし
 思ひきれぬ愚かなる我を見給ひしその人よ眠れ雪吹雪く夜ぞ

  昭和44年に森さんがC賞を受賞されたときの紹介分から引用。「自らの上に微温的な生き方を許さず、つねに人間のあるべき姿を問いかけて止まぬといったその態度は氏の過去の作品を耀き多いものとしたが、同時に、それは現実の氏自身に多くの傷を負わせるものともなったようである。いわば裸身をもって詩の世界、存在の世界にいどむ求道者である氏・・・」

「しかし、この頃から作品は読者をほっとさせる寂かな明るさをも持ちはじめる。」

 月に照り耀く流れは菊橋の下ひたすらにくだりゆくなり
 壮年を迷ひて過ぎし誠実の胸に沁みつつ詩人のあとを訪ふ
 板の間の清きにひとり俯ける木工職人を見て歩み過ぐ

 「どうしても触れて置きたい置きたいのは作者の母上のことである。」
 
 世の母の如き意見を押しつけず老い給ひただ我を迎ふる
 わが母が培ふ草花はみな活きてよくなる不思議思ひてゐたり
 視力なき命に何を思へるや「秋空がきれいだね」と言ひにける母
 八十五歳撞木重くて曳けざればただ祈る母闇につくばふ

「文字通り(有り難き)までに澄み透った姿である。ひたすら真実を見たく、真実を詠いたく、必ずしもなめらかならぬ生を選び取ってきた作者の傍らに、永くこの母上の在られた事の意味を思わずにはいられない。」

 「力足らず、単なる紹介しか書けず終わってしまうのを申し訳無く思う。この集
を読み終えて受けたものは、とにもかくにも生きて行こう、歌をつくって行こう、というはげましであった。」「なお長く詠い続けられんことを。」

微微少少拙き生のあへぎなる体重かけて雪道を踏む
昼灯す古き二階に炬燵して耳掻きをれば秋は過ぎゆく
眠けれど眠りて思ひ断つは惜し春呼ぶ雨のほとほとと鳴る
ほぐれむと若き薄の穂はあかし越後国上見をさめの山

 この後、森さんから、「若い時の歌がどう読まれるかが気になるのでしたがよく書けてゐました。引用の短歌もいいし、いうことなしです」というおはがきと九谷焼のコーヒーカップをひとつ頂いた。コスモスの花が焼き付けられた小振りのカップは残って、森さん没後四半世紀が経ってしまった。
 私が昨日着ていたシャツは、森さんのお母さんが好きで着て居られたという縞木綿の単衣から作った。










by buribushi | 2018-05-07 15:17 | | Comments(8)

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