おしゃべりきものⅡ-または、おしゃべりねこ

私の昭和20年8月

試験的に?6歳から8歳まで伯父伯母と暮らした私は、昭和20年初夏に魚沼の家に戻された。父親が三十何歳の初年兵として家を出て行ったからだ。
うちには祖母、母、妹が3人いた。母が畑をして、藷はもちろん、粟から陸稲まで作り、奮迅の働きで私たちを養った。
末の妹はまだ乳離れも済まない1歳過ぎで、這い這いしていた。具合が悪くて、乳以外の食べ物をやらないように言われていたが、母が山の畑に行った留守に、祖母が「泣くすけ、みじょうげら(かわいそう)だ」となにか与えていたらしい。
お医者が呼ばれ、帰って後、母は泣いていた。「エツコは、死むと」という。見放されたのだ。

8月12日の晩、集落に大きい火事があった。ただ一軒の何でも屋で、たばこ、塩や酒、その他のたべものを売り、米搗きもして、豊かな家だった。建物が大きいだけに火も大きく、半鐘が続け様に打たれる「摺り板」で、歯がカチカチいうほど怖かった。
その火事で電柱が焼けて停電になった。蝋燭も無く、小皿に油を入れて灯芯を浸したのを点して妹に付き添っていたが、その夜が明けないうちに妹は亡くなった。
薄い板で作った小さな棺は誰が背負ったのだったろう。棺に掛けた絽の白地に赤い竹の模様の浴衣は私のお下がりだった。当時は土葬で、幾つも並んだ小さい石碑やお地蔵様のある墓地の一箇所を掘って埋葬された。

四十九日のあいだだろうか、毎日夕方になると母が墓地までお参りに行く。一緒に歩いて行った。母の笑い顔が見たくて、着ている単衣の裾をめくりあげて挟み、尻端折りのていにして、提灯を前につきだしてひょいひょいと走って見せたりした。私は8歳だった。

当時カメラを持っている人などめったにいなかった。エツコは親戚の人にただ一度写真を撮ってもらったが、その写真はカメラごと長岡の空襲で焼けてしまい、残っていない。
4番目の女の子として生まれ、(また女か)と言われたエツコ、お菓子を食べたことも無かったのではないか。
父母は亡く、妹たちは5歳と3歳か、どのくらい覚えているだろう。生きている者のうち、私が一番覚えていると言っても、伯母の家から生家に戻って、ほんの2か月か3か月一緒に暮らしただけである。
八木悦子、昭和20年8月13日逝去、行年2歳。



by buribushi | 2012-07-01 10:38 | Comments(6)
Commented by kazuyoo60 at 2012-07-01 11:21 x
2歳で悦子さんが亡くなられてしまった。今なら無事に生きておられたはずです。合掌。
当時の父母の苦労、祖母の苦労を私も見聞きのうちにあります。私は小さすぎて自分の体験としては、我が家は貧乏だったくらいしか残ってないのですが。
戦争の惨さはほかでも肌身に感じています。その体験の少ない方が増えるのは嬉しい反面、危険も感じてしまいます。
Commented by ミミの父 at 2012-07-01 11:27 x
映画は戦後生まれには、想像に充分なのでしょうが、体験している人には違和感があったのでしょう。でも記憶を呼び戻したのですね。
Commented by buribushi at 2012-07-01 13:52
kazuyoo60さん
悦子の名が人さまのお目に止まっただけでも供養と思います。
67年も経ってしまったのですね。姉妹の3人までが70代ですよ。泣き笑いです。
例えば下着の着替えが十分にあることでも、今でもつくづくと嬉しいですが、行き過ぎで、ものを捨てられないのは困ったものです、がんばらなくては。
語り残そうという、語る方の年になりましたが、いまはむかしのように、トシヨリが物語をする、聞く、という場面が無くなりましたね。
Commented by buribushi at 2012-07-01 13:58
ミミの父さま
実写と、CG?を組み合わせてあってガッカリしたのは、前に坂口安吾の小説を映画化して、浅野忠信だったかが主演したのもそうでした。
戦災の場面など、そうでもしなければなかなか作れないのでしょう。
昔は孫も同じ家にいて、老人の話をよく聞いたものですが、いまは離れているし、老人は老人で忙しいですしね。伝えるのは難しい事です。
Commented by スベルべ at 2012-07-02 05:19 x
 やはり、生きていてほしかった。
生きている姉に会いたかったと思う弟の私はその二年後に両親待望の男の子として生まれた。
若宮のバーさんが何時も私の顔を見ると「そこカーちゃんがお前さんを抱いて、ホントに嬉しげだったんがの」なんて言っていたっけ。
Commented by buribushi at 2012-07-02 06:09
スベルベどん
待望の男の子は、写真に男の子らしい柄のきものを着て母に抱かれていました。
男の子が欲しい欲しいと思う気持ちに、いい柄の男児用生地が目について、あてもなく買って仕舞って置いたような話を母に聞いたことがあります。
男児が生まれた、と知って、岐阜の伯父がバンザイ、世の中が明るくなった、と言ったそうです。長男が出来れば、長女である私を手放すだろうと。
母の年も、伯父の年も越えちゃったよ。

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