おしゃべりきものⅡ-または、おしゃべりねこ

おんもへ出たい

a0203003_22492978.jpg


いかにも梅雨時らしい湿っぽい空気で、コンクリートがじっとり濡れている。草がスゴイが草取りもできない。
胡瓜が大きくなって、あす穫れそうなのが一本あった。下のほうについたので、土に触れて曲がっている。

ほとんど一日、中学生の歌を見て過ごす。「短歌とは」ということで私が1時間話した内容をまとめる欄が、へんだと思ったらまったく同じ短い文を書いている者が大勢いた。あるクラスはほとんど全員、あるクラスは半数くらい。あり得ないこと。

08年からの資料をみると、ただ「5・7・5・7・7」と書いている子がいたり、何にも書かない子、びっしり書いてはみだしている子もいた。それでいいので、同じ道を歩いてもおなじものは見ていないように、同じ話を聞いても耳にとまる部分は違って当たり前。

おおよその事情は察しがつき、それがいいことと思ってしたのだろうが、歌とはおよそ反対の極にあることと言わなければならない。
今年はもう添削はしたくないとまで思った。いったんは電話でそう伝えたが、思い直して、やはり準備を、とFAXを入れて置く。あすの一時間目、二時間目。

ハシモトさんがくれたナツハゼを植えなければならない。場所を決めて無かったが、東南の角、エゴノキやヤマボウシ、自生の山葡萄などがあるこの一郭にしようと思った。
夕方、雨が止んでいるときスコップで掘る。アンニンゴの根か何か、突き当たるので、剪定鋏を持ち出して切っては掘る。26年間で表面は黒土になっているが、下はまだ無機質な感じの赤っぽい山砂が出て来た。

やっと掘って、植えようと思えば、一塊りになったナツハゼの株に南天が1本、楢の木が1本、食い込むようになっていて、引っ張って取れるようなもんじゃない。南天は剪定ばさみで、楢は折り畳みの鋸で取り除く。南天が直径1センチ、楢は3センチ位もあった。何回か上を切ったらしくごつごつした木。

黒々した山土ごと植え穴に落とすとすぽっと入って、まわりに掘り出した土を少しかけた。土の性質が随分違うが、ナツハゼは丈夫な木だから頑張ってもらう。
これも根元の太さから見て1年や2年の苗ではないから、上を切られてはいるがヒコバエが出て来ると思う。と、希望的に。
去年大収穫のあと虫が入って枯れた山葡萄はヒコバエにまた少し花がついているし、アケビはぶらぶらしているし、大体ここは雑木林ということになっているのだ。

写真はおんもに出たいピース。もう夜だからおんもないない、と鍵をかけられたあと。彼女は今日ネズミを一つ取った。



# by buribushi | 2011-06-28 23:29 | 本・短歌など | Comments(6)

おミキさんとハガキ

a0203003_11565139.jpg


ノートやらハガキ、写真も残っていて、幕末の世?をのびやかに生きたらしいおミキさんのことを知りたいのだが、なぜか除籍簿に無い。位牌もない。
「金物商」とノートにはあった。金物と履き物、両方を商うようになったのは何時の時代か。
彼女のハガキの宛先は、夫の祖父にあたる初代忠蔵だと思われる。

私がこの町に来たばかりの頃、隣のおばあさんが問わず語りにいろいろ昔のことを話して呉れた。「おとと(二代忠蔵・夫の父)は煮豆が好きで、いつも一升鍋に煮てあった」「祭り時分には忙しくて、まんま食う時間もなかった。笹団子を脇に置いて、アクンと食っちゃ下駄の緒すげしてなした」「ぎっちょんちょんという歌がおはこで、酒がはいるとよく唄った」
などと。おばあさんならおミキさんのことも知っていたかもしれないのに、その頃は何の気もなくて、惜しいことをしてしまった。

「信州渋温泉場 山本喜藤治方ニテ 山崎ミキ 前略 陳者(のぶれば)本日午後六時半信州渋温泉に無事到着 昨三日草津温泉へ出張仕・・・豊野より婦人連七八人ニ相成り其内草津温泉宿桐山仁平殿御内室と同道仕り同宿・・ニ付草津温泉は右桐山仁平方・宿泊の都合ニ候 右御報申上候」
・・の分は読めなかったところ。

「上州草津温泉場 桐山二平方ニ止宿 山崎みき 本日出の御手紙正ニ拝読仕候 陳者・・・・四日ニ草津出立仕候間 何分にも身タイニ タタレ・・・〆ニ渋ニ二三日入湯致し帰宅仕心組ニ御座候・・御承知下され度皆々へよろしく御伝言下され度候也・・・心持はよろしく御安心下され度候」

違うところもあるかも知れないが、おおよそこんな風に読める。前の旅日記「くりま(車)」「きさ(汽車)」時分から見ると随分達筆になり内容も整っている。

さらに、「上州草津温泉場 桐山二平方 山崎お美き様 拙き筆にて一寸お伺ひ申上候 さてあなたさまは先日より重き御病気におかかり遊ばされ此度温泉に赴きなされしとの事・・さんより承り申候其後如何に御暮らしなされ候や日々あなた様のことのみ思ひ出して御案じ申居候へども何分遠くして一寸お会ひ申す事も出来ぬ故私は実につまらず候 うんぬん(これで半分。以下略)」という見舞い状のハガキもある。

おミキさんが実在したことは疑うべくもないが、年寄りが繰り返しむかしのことを物語り、百年分や二百年分の記録はみなその中にあると言われた時代は遠く過ぎ去り、もう聞かせて貰うこともなく、聞かせることも出来ない。



# by buribushi | 2011-06-27 11:56 | その他 | Comments(2)

コンブちゃん

a0203003_10112618.jpg


娘①の末っ子が自転車でじじばばの家へ来る途中で見つけ、母親に頼んで保護。その後いろいろあって、結局娘②の家の子になった老いネコ、コンブ。
衰弱が激しく、よれよれだった。娘の家のネコ達が残したカリカリを、手でかき集めてきれいに食べてしまうほど食欲はあった。
娘②は一人住まいで、日中外に出る仕事なのでどうかとは思ったが、仲良く暮らしているらしい。ヨダレが止まらなくて、いつも口元がびしょびしょしているネコを、よく世話している。

娘が食べるものなら、キナコのついた粽でも食べるらしい。家で焼いて時々届けるパンも好きらしい。昨日、サーターアンダーギーを作ったので届けたが、娘が何かを取りに奧へ入ったら、コンブがかちかちかちと爪の音をさせて、小走りに後を追って行った。

写真は保護されて間もない5月のだけど。コンブの顔が、なんだかおもしろいのは何故だろう。と、見ていたら、彼女、鼻と口の間が、ネコにしてはやや遠いのではないか。ヒトの顔のこと言えるんですか、とコンブにおこられそうだけど。いや、ユニークでいいですよ。

追記。
今日の道楽-真っ赤な花のアブチロン一鉢、お取り越の露店で。
今日の夕飯-炒り豆腐(牛蒡、人参、葱、豆腐、卵、鰹節)。ピーマン味噌炒め。甘塩タラコ。生胡瓜生味噌。またしても豆ご飯。



# by buribushi | 2011-06-26 10:26 | 猫・動物 | Comments(4)

もっと古い写真

a0203003_1463431.jpg


これはさらに古い写真。
父親の脇に並んだ男の子、右が夫の父・8歳。左がその弟・6歳。
この右側の子どもが長じてもうけたのが、下の写真の怜悧そうな子どもたちということになる。

女性は誰かわからない。「おみき」さんと言う、金物商として東京へでも大阪へでも出かけていた人があることは分かっているが、彼女かも知れない。その人は、何故かいまのところ位牌もなく、過去帳にも出て来ない。
草津の温泉へ湯治にいき、そこから自宅へ出したはがきがあったし、明治初期という、まだ江戸時代の尾がのこっているような時代に、のびのびと生きた女性だったようだ。その時代だから、まだのびのびしていたのだろうか。腕のいいあきんどだったからだろうか。持って生まれた闊達な性格か。おみきさんは一番会ってみたい人物である。

私たちが若い頃ならともかく、年寄りに聞こうにも自分が年寄りになってしまい、もう聞ける人はいないのだ。

おみきさんの旅日記、掌ほどの帳面に筆で書き付けたものがどこかにあるはずで、何度も見ているのだが、いま仏壇の引き出しにはなかった。ぜひ探し出してこれらの古いものと一緒にしておきたい。
人力車でどこかまで出かけてそこから汽車に乗っており、「くりま(車)」「きさ(汽車)」「ちょわん(中飯-昼食)」などとあったのを覚えているんだけど。

下の子どもの写真にも、名前と、K(夫の名)の姉、兄であることを裏に書き足して置いた。

司馬遼太郎のはなしに、幕末、給金五円の人が、一円出して撮った写真、ということが出ていた。そのころ写真を撮るというのは大変なことで、あまり数多くは残っていない。古いから捨てる、などと言わないよう、若いものに言っておかなければならない。



# by buribushi | 2011-06-25 14:28 | その他 | Comments(6)

古い写真

a0203003_13383649.jpg

夫の父方の親戚の人から系図についていろいろ聞かれた。
わからないことが多いので、菩提寺へ行って過去帳を見てもらったり、仏壇の引き出しを開けて参考になるものを探したりした。

写真も、ガラス板に焼き付けて桐の箱に収めた明治初期のものまである。夫の祖父と、八歳の父、六歳の叔父の写真も桐箱入り。
今回いろいろ尋ねておられるのはこの叔父の孫で、夫には従兄の子「はとこ」にあたる人。

ここに載せたのは、昭和初期に亡くなった、夫の姉。そして昭和12年生まれの夫と入れ替わりのように亡くなったという兄の写真である。
なんというかしこそうな、まっすぐな心を物語る、写真だろう。うら若いうちに亡くなったということの口惜しさ。あわれ。
この子たちの母親も早く亡くなったので、二番目に来た母の末子が夫である。
この兄の写真。私の孫の一人がよく似ている。血が繋がっているのだから何の不思議もないようなものだけれども、でもしみじみ不思議。



# by buribushi | 2011-06-25 14:00 | ひと | Comments(4)

気に入り

a0203003_21234135.jpg
朝の間は生ぬるい風が荒れる曇り空。
午前中、ニンニクを抜いてしまう。それを一輪車で家へ運んでから、空いた畑に八升豆を植えた。最初に芽生えた1本はもう蔓らしいものが出はじめていた。後からの2本と、計3本だけだけど、この豆、去年ひとかたならぬ茂りようをして、せっかくの花も十分見えなかった。
細い鉄パイプを、横槌を使って打ち込み、横にもくくりつけて大袈裟な柵をした。ゆすってみるとぐらぐら。
夫が来て、金具を使って固定してくれた。3本の苗は片側に植えて、柵の上まで行ったら反対側に覆い被さって行くように、というつもり。そううまくいくかどうかは、やってみなければわからない。

蔓無しインゲンが風で倒れかけているので、ビニール竹を立てて、荷造り紐でぐるりと囲う。
絶やしたと思った島ラッキョウがほそぼそと生き残っていたので、集めて一粒ずつにばらし、菜っぱの畝の続きに植えた。

ダリアを添え竹に紐で括った。

午後は時々激しく降りながら、相変わらず生ぬるい空気。髪を切りに行く。梅雨時の湿気で癖っ毛がひどくなり、もじゃもじゃなので、多めに梳いて短めに切ってと注文した。

佐野洋子の本「死ぬ気まんまん」を買った。
〇印〇品で夏用のスリッパ2足。リネンのハンカチは売れてしまって、最後の2枚になっていた。プルーン(種あり)。粗いスポンジで出来た風呂場の石鹸置き。以上買った。

夕飯、牛蒡と鶏肉の炒め煮。頂き物の餃子を蒸す。トマトに生玉葱のみじん切りを掛ける。蕪の糠漬け。

写真は好きなトンボ玉。半透明で美味しそうなところが気に入っているが、私の写真ではうまく出ていない。



# by buribushi | 2011-06-24 21:25 | きもの・衣服 | Comments(6)

修学旅行再び



朝、畑を見に出たら夫から呼び戻されて、電話は高校の同級生のHZから「修学旅行」の誘いだった。この前の同級会の時、家が貧乏で修学旅行に行かなかった、とか、小遣いに不自由したとかいう話から、あの時のコースをもう一度なぞる修学旅行を決行しよう、というもの。

大阪まで行き、船で夜の瀬戸内海を通って別府に上陸。熊本はバスで阿蘇に登って、三角から島原半島へ渡り、長崎へ出て・・・というけっこうな大旅行だった。
いかんせん昭和30年代のはじめで、船は宿代の倹約だが船室が狭く、身体を伸ばして寝ることも出来なかった。帰りの夜行列車もしかりで、それもいまと違って指定席でも何でもないので、運が悪ければ席も無い目に会う。運というより本人の立ち回り、か、私は席無しで、疲労困憊、という言葉そのままの旅行だった。

今度も瀬戸内海は船を使うが、あとは新幹線や飛行機を使って楽に行く、大阪集合ではどうか、という話そのものは楽しかった。濃い頭髪が真っ白になったHZの声は若々しく、この話で電話するとみな嬉しがって長話になると言っていた。

団体旅行が好きではないし、あまり親しい同級会ではないし、まず行かないだろう。彼との会話が楽しかった、だけでよろしい。

大阪なら大阪に集合して、1泊して、さて一緒に出かけるくらいのゆとりが欲しいよね、高齢者だから。行かない者が余計なお世話だけど。

もう一つ、春風亭華柳が震災のチャリティ落語会をやった。だしものは「菜刀息子」で、DVDを作るので出来たら送る。ついては、本で言えば腰巻きにあたるところ(ジャケットのことか?)に、以前、彼の菜刀息子を詠った私の歌2首を入れさせてくれ、というもの。嬉しくて、承知の返信をした。

写真の立ち葵は家の畑で。黒っぽいほど濃い紅の葵の種子を貰って来て蒔いたら、生えたのは白に近い薄いピンクだった。酔芙蓉のようにしぼむときうす紅くなった。
その種子からやや濃いピンクが咲き、さらに今年は、はっきりピンクと言える濃い色が1本咲いた。じつに面白い。

追記。
今日のいいことはまだあった。夜、山のハシモトさんが寄って、ナツハゼの苗を呉れた!鉢植えにしてあったらしく、南天と一緒になって固まった土がついている。明日、よく見て、場所を決めて植える。
ナツハゼの実は黒く熟して甘酸っぱい。何年かかるかな。



# by buribushi | 2011-06-23 20:52 | その他 | Comments(6)

葱、玉葱、

日中30度以上あったらしい。汗まみれ。
半袖と入れ替えるランニングシャツを全部煮洗いしたいところだがそんな大きな鍋はない。一番大きい鍋に湯を沸かし、バケツで石鹸と炭酸塩を溶かして、そこへ洗う物を浸けた。
しばらくして洗濯機にかけるとき、塩素系漂白剤も入れた。風が強く気温も高くて良く乾き、入れ替え終了。

夫が葱植えの溝を2本掘ったところへ、昨日の葱苗を立てて並べる。小さいようなのを一掴み残して全部並べた。根本を抑える程度に土を掛け、葱の健康剤、蜜柑の皮の干したのを撒く。冬中ストーブの脇で干して置いた。毎朝生ジュースを飲むので、今年はたっぷりある。
さらに藁を敷いて終わり。風が強いので、苗をあらかた並べたところで全部吹き倒されたりした。全部で160本くらいか、数を数えながら置いて行ったが、正確な数は忘れた。ホームページ(http://park18.wakwak.com/~buribushi/)に写真あり。
義姉からインゲンが大きくなったので支えを立ててくれと電話あり、夫が材料の棒など持って行って来た。

豆ご飯を炊いて義姉のところへ持って行く。春夏秋冬夕飯は5時きっかり、という人なので、いつもよりずっと早く炊いた。昨日、豆が柔らかくてつぶれがちだったので、途中で投入しようと思ったら途中では蓋が開かなかった。スイッチが切れてから豆を入れ、もう一度スイッチを入れる。
とどけると、いろいろ言うのは玉葱を抜いて貰いたいらしかった。「今夜から雨だから玉葱を抜いて貰えまいか」と、直球で頼まれるのが好きなんだけど。

もう充実して、根は弱って来ているので、案外楽に抜けて、桃なんかを入れる平たい箱に4杯を家に運び込む。

夜更け、雨になった。畑のために喜ぶ。

本日の通じ8回。これが健全な状態。よそへ出ると行き損ねたりいろいろで詰まる事が多く、回数は減る。こういう直腸切除者の状態を、知らない医師も多いのではないか。私の主治医はその道の高名な人ということだったが、1年後くらいに回数を聞いて、まだそんなにあるのかと言われた。
6年後でもこうなのだが、箇所が箇所だけにみんな黙ってやりすごすのか、人の場合はほとんどわからない。
いろいろな健康食品だの、ヨーグルトだの、摂ってみたが、乾燥したプルーンを煮て戻したような市販品の「種抜きプルーン」を毎日食べていると、一番具合がいい。
人さまざまで、ある人は干し柿を常備していて食べるということだった。私と反対の事情かも知れない。普通、柿は詰まるものだから。



# by buribushi | 2011-06-22 23:42 | | Comments(2)

砲金の鍋

a0203003_138316.jpg


お客の案内で出雲崎へ行ったとき、出店のなかに知人の顔が見えた。包丁、ナイフ、鎌などを並べた打ち刃物の店。
すぐご近所で、家業が鍛冶屋さん、ということももちろん知っていたが、こうして一人で売っておられるところには初めて行き会った。
草取り鎌がいいと草取りが楽で、あと生えて来るのも遅い。ゼイタクして手打ちの草取り鎌を一丁、おごろうと思う。自然木の柄がついているのを持って見て、手によくなじむのを選び出した。
勘違いして、ねだんより少ないお金を渡し、なおお釣りを貰うつもりで待っているという二重のご無礼をしてしまったが、なんとか買い物も済む。

この人のご近所へ越して来て四半世紀になるのに、初めて作品を買った。こころない隣人というものだ。
ここへ来たばかりの頃、百歳近いおじいさん、おばあさんがお達者だった。道端へ出て通りを眺めながらひなたぼっこをしておられた。「おめさん何処から来なしたの」「新町のどこだの」新町の鍋徳(屋号)だというと、「そうかそうか、おら鍋徳からでっこいホウキンの鍋買うて、まだあるいの」それはどうも、ありがとうございますと、戦前の商いのお礼を言った。
ホウキンは砲金で、銅と錫の合金、扱いやすい金属らしい。

のどかなお年寄りからは、その後何回も「おめさん何処から・・」と聞かれ、しまいにホウキンの鍋買うた話と、お礼言上で終わるのだった。

鎌の柄には、畑でひょっと見失ったりしないよう、目立つ黄色のテープを巻いてからおろすことにする。



# by buribushi | 2011-06-22 13:34 | くらし | Comments(2)

どくだみローション



山百合や吾亦紅など植えてある一郭でどくだみを採ってきて洗い、水を切って、笊に広げて日陰に置いた。
夕方、葉っぱと花を摘み取ってガラス瓶に詰め、25度の焼酎を注いだが、これを冷暗所に半年くらい置いて、漉して、グリセリンを少し入れれば出来上がる。

作り方をネットで調べると、1年置くというのや、生葉を焼酎と一緒にミキサーにかけるというのやいろいろあったが、まあ穏やかなのを選んでおく。じかに使うものとしてはアルコール度が高いが、抽出しやすいということ、腐敗しないということでやはりこれにした。
使う分を小出しにする時水で薄めれば済むことだ。

うちの敷地内なら除草剤は一切使ってないし、山奥で採るどくだみの次くらいにはいいものだと思うので、もっと採ってどくだみ茶用にも干して置きたい。

ハシモトさんが来て、残りの藷苗を全部切って持って行った。4品種合計140本余。ほかにトケイソウ、ベゴニアサザーランディ、昼咲き月見草など上げた。今年も梅を上げるね、と言っていた(人の梅の木なんだけど)。

A丁さんが自分の畑で出来た葱苗を一把持って来てくれた。大きくてりっぱな葱苗、ありがたい。もう一度来て、蕪、胡瓜、大根、豌豆もくださる。
ダイコンはおろして、胡瓜は味噌を付けて食べたが、胡瓜がすばらしく美味しい。暑くなるとなんだか食べたくて買ったが、もううちで穫れるまで買わない。うちで穫れるようになったらたくさん食べる。

うちの豌豆を太らせておいて、豆ご飯を炊いた。塩と酒だけで薄味にして、もぎたて、剥きたての豆を入れて。豆が甘い。

引き出し片付け。本当は、衣類なら衣類をだーっとやってしまうのがいいんだけど、やらないよりはまし。はたち頃ハンカチを集めていた気分の続きで、いろいろなハンカチを持っていた。
今年になってリネンのハンカチを使ってみると、薄い綿ローンのハンカチなど、一度手を拭けばくちゃくちゃになるものをよく使っていたと思う。リネンの白と自然色、貰い物のリネンのからし色などを残して全部出してしまう。夫の引き出しからも、薄いのや小さいのを出して、しっかりした大判、リネンの自然色などを入れておく。



# by buribushi | 2011-06-21 22:22 | 作る | Comments(4)

日々の気楽なおしゃべりです
by すばる
プロフィールを見る
画像一覧

最新のコメント

kazuyoo60さま ..
by buribushi at 16:34
大きなホウの葉ですから、..
by kazuyoo60 at 14:07
kazuyoo60さま ..
by buribushi at 09:54
daikatotiさま ..
by buribushi at 09:51
sakkoさま 「前の..
by buribushi at 09:45
綺麗なポピー、まぶしい赤..
by kazuyoo60 at 09:43
ミケさま 各家庭で大な..
by buribushi at 09:38
桑の実のジャムだけは大好..
by daikatoti at 07:52
この桑の木はすばるさんち..
by sakko at 00:39
私も実を食べるために桑を..
by mikeblog at 00:32
demi_zoさま 今..
by buribushi at 20:44
gonbeyさま そう..
by buribushi at 20:14
すばる家のチームワークは..
by demi_zo at 20:11
sakkoさま 草取り..
by buribushi at 20:08
ミミの父さま 大麦のお..
by buribushi at 18:29
私もナガミノヒナゲシの話..
by gooney at 16:58
良かったですね。 頼も..
by sakko at 06:08
綺麗な畑になりましたね。..
by ミミの父 at 22:56
ミケさま 韮はキュウリ..
by buribushi at 22:50
ミケさま もっさもさの..
by buribushi at 22:41

メモ帳

◆gardening
   ☆kazuyoo60さん
     のブログ
◆ネコと飼い主その職業と
  趣味

   ☆ゴンベイさんのブログ
◆元気そうじ屋
   ☆片付け・そうじ屋さん
     のブログ
◆掟破り*キモノ日記

   ☆華宵さんのブログ
◆なんでもかんでも手帳

   ☆ミミの父さんのブログ
◆東成瀬通信「んだすか。」

   ☆杉山彰・あおい夫妻
     のブログ
◆気まぐれフォトダイアリー

   ☆咲さんのブログ

ファン

検索

ブログパーツ