おしゃべりきものⅡ-または、おしゃべりねこ

もっと古い写真

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これはさらに古い写真。
父親の脇に並んだ男の子、右が夫の父・8歳。左がその弟・6歳。
この右側の子どもが長じてもうけたのが、下の写真の怜悧そうな子どもたちということになる。

女性は誰かわからない。「おみき」さんと言う、金物商として東京へでも大阪へでも出かけていた人があることは分かっているが、彼女かも知れない。その人は、何故かいまのところ位牌もなく、過去帳にも出て来ない。
草津の温泉へ湯治にいき、そこから自宅へ出したはがきがあったし、明治初期という、まだ江戸時代の尾がのこっているような時代に、のびのびと生きた女性だったようだ。その時代だから、まだのびのびしていたのだろうか。腕のいいあきんどだったからだろうか。持って生まれた闊達な性格か。おみきさんは一番会ってみたい人物である。

私たちが若い頃ならともかく、年寄りに聞こうにも自分が年寄りになってしまい、もう聞ける人はいないのだ。

おみきさんの旅日記、掌ほどの帳面に筆で書き付けたものがどこかにあるはずで、何度も見ているのだが、いま仏壇の引き出しにはなかった。ぜひ探し出してこれらの古いものと一緒にしておきたい。
人力車でどこかまで出かけてそこから汽車に乗っており、「くりま(車)」「きさ(汽車)」「ちょわん(中飯-昼食)」などとあったのを覚えているんだけど。

下の子どもの写真にも、名前と、K(夫の名)の姉、兄であることを裏に書き足して置いた。

司馬遼太郎のはなしに、幕末、給金五円の人が、一円出して撮った写真、ということが出ていた。そのころ写真を撮るというのは大変なことで、あまり数多くは残っていない。古いから捨てる、などと言わないよう、若いものに言っておかなければならない。



# by buribushi | 2011-06-25 14:28 | その他 | Comments(6)

古い写真

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夫の父方の親戚の人から系図についていろいろ聞かれた。
わからないことが多いので、菩提寺へ行って過去帳を見てもらったり、仏壇の引き出しを開けて参考になるものを探したりした。

写真も、ガラス板に焼き付けて桐の箱に収めた明治初期のものまである。夫の祖父と、八歳の父、六歳の叔父の写真も桐箱入り。
今回いろいろ尋ねておられるのはこの叔父の孫で、夫には従兄の子「はとこ」にあたる人。

ここに載せたのは、昭和初期に亡くなった、夫の姉。そして昭和12年生まれの夫と入れ替わりのように亡くなったという兄の写真である。
なんというかしこそうな、まっすぐな心を物語る、写真だろう。うら若いうちに亡くなったということの口惜しさ。あわれ。
この子たちの母親も早く亡くなったので、二番目に来た母の末子が夫である。
この兄の写真。私の孫の一人がよく似ている。血が繋がっているのだから何の不思議もないようなものだけれども、でもしみじみ不思議。



# by buribushi | 2011-06-25 14:00 | ひと | Comments(4)

気に入り

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朝の間は生ぬるい風が荒れる曇り空。
午前中、ニンニクを抜いてしまう。それを一輪車で家へ運んでから、空いた畑に八升豆を植えた。最初に芽生えた1本はもう蔓らしいものが出はじめていた。後からの2本と、計3本だけだけど、この豆、去年ひとかたならぬ茂りようをして、せっかくの花も十分見えなかった。
細い鉄パイプを、横槌を使って打ち込み、横にもくくりつけて大袈裟な柵をした。ゆすってみるとぐらぐら。
夫が来て、金具を使って固定してくれた。3本の苗は片側に植えて、柵の上まで行ったら反対側に覆い被さって行くように、というつもり。そううまくいくかどうかは、やってみなければわからない。

蔓無しインゲンが風で倒れかけているので、ビニール竹を立てて、荷造り紐でぐるりと囲う。
絶やしたと思った島ラッキョウがほそぼそと生き残っていたので、集めて一粒ずつにばらし、菜っぱの畝の続きに植えた。

ダリアを添え竹に紐で括った。

午後は時々激しく降りながら、相変わらず生ぬるい空気。髪を切りに行く。梅雨時の湿気で癖っ毛がひどくなり、もじゃもじゃなので、多めに梳いて短めに切ってと注文した。

佐野洋子の本「死ぬ気まんまん」を買った。
〇印〇品で夏用のスリッパ2足。リネンのハンカチは売れてしまって、最後の2枚になっていた。プルーン(種あり)。粗いスポンジで出来た風呂場の石鹸置き。以上買った。

夕飯、牛蒡と鶏肉の炒め煮。頂き物の餃子を蒸す。トマトに生玉葱のみじん切りを掛ける。蕪の糠漬け。

写真は好きなトンボ玉。半透明で美味しそうなところが気に入っているが、私の写真ではうまく出ていない。



# by buribushi | 2011-06-24 21:25 | きもの・衣服 | Comments(6)

修学旅行再び



朝、畑を見に出たら夫から呼び戻されて、電話は高校の同級生のHZから「修学旅行」の誘いだった。この前の同級会の時、家が貧乏で修学旅行に行かなかった、とか、小遣いに不自由したとかいう話から、あの時のコースをもう一度なぞる修学旅行を決行しよう、というもの。

大阪まで行き、船で夜の瀬戸内海を通って別府に上陸。熊本はバスで阿蘇に登って、三角から島原半島へ渡り、長崎へ出て・・・というけっこうな大旅行だった。
いかんせん昭和30年代のはじめで、船は宿代の倹約だが船室が狭く、身体を伸ばして寝ることも出来なかった。帰りの夜行列車もしかりで、それもいまと違って指定席でも何でもないので、運が悪ければ席も無い目に会う。運というより本人の立ち回り、か、私は席無しで、疲労困憊、という言葉そのままの旅行だった。

今度も瀬戸内海は船を使うが、あとは新幹線や飛行機を使って楽に行く、大阪集合ではどうか、という話そのものは楽しかった。濃い頭髪が真っ白になったHZの声は若々しく、この話で電話するとみな嬉しがって長話になると言っていた。

団体旅行が好きではないし、あまり親しい同級会ではないし、まず行かないだろう。彼との会話が楽しかった、だけでよろしい。

大阪なら大阪に集合して、1泊して、さて一緒に出かけるくらいのゆとりが欲しいよね、高齢者だから。行かない者が余計なお世話だけど。

もう一つ、春風亭華柳が震災のチャリティ落語会をやった。だしものは「菜刀息子」で、DVDを作るので出来たら送る。ついては、本で言えば腰巻きにあたるところ(ジャケットのことか?)に、以前、彼の菜刀息子を詠った私の歌2首を入れさせてくれ、というもの。嬉しくて、承知の返信をした。

写真の立ち葵は家の畑で。黒っぽいほど濃い紅の葵の種子を貰って来て蒔いたら、生えたのは白に近い薄いピンクだった。酔芙蓉のようにしぼむときうす紅くなった。
その種子からやや濃いピンクが咲き、さらに今年は、はっきりピンクと言える濃い色が1本咲いた。じつに面白い。

追記。
今日のいいことはまだあった。夜、山のハシモトさんが寄って、ナツハゼの苗を呉れた!鉢植えにしてあったらしく、南天と一緒になって固まった土がついている。明日、よく見て、場所を決めて植える。
ナツハゼの実は黒く熟して甘酸っぱい。何年かかるかな。



# by buribushi | 2011-06-23 20:52 | その他 | Comments(6)

葱、玉葱、

日中30度以上あったらしい。汗まみれ。
半袖と入れ替えるランニングシャツを全部煮洗いしたいところだがそんな大きな鍋はない。一番大きい鍋に湯を沸かし、バケツで石鹸と炭酸塩を溶かして、そこへ洗う物を浸けた。
しばらくして洗濯機にかけるとき、塩素系漂白剤も入れた。風が強く気温も高くて良く乾き、入れ替え終了。

夫が葱植えの溝を2本掘ったところへ、昨日の葱苗を立てて並べる。小さいようなのを一掴み残して全部並べた。根本を抑える程度に土を掛け、葱の健康剤、蜜柑の皮の干したのを撒く。冬中ストーブの脇で干して置いた。毎朝生ジュースを飲むので、今年はたっぷりある。
さらに藁を敷いて終わり。風が強いので、苗をあらかた並べたところで全部吹き倒されたりした。全部で160本くらいか、数を数えながら置いて行ったが、正確な数は忘れた。ホームページ(http://park18.wakwak.com/~buribushi/)に写真あり。
義姉からインゲンが大きくなったので支えを立ててくれと電話あり、夫が材料の棒など持って行って来た。

豆ご飯を炊いて義姉のところへ持って行く。春夏秋冬夕飯は5時きっかり、という人なので、いつもよりずっと早く炊いた。昨日、豆が柔らかくてつぶれがちだったので、途中で投入しようと思ったら途中では蓋が開かなかった。スイッチが切れてから豆を入れ、もう一度スイッチを入れる。
とどけると、いろいろ言うのは玉葱を抜いて貰いたいらしかった。「今夜から雨だから玉葱を抜いて貰えまいか」と、直球で頼まれるのが好きなんだけど。

もう充実して、根は弱って来ているので、案外楽に抜けて、桃なんかを入れる平たい箱に4杯を家に運び込む。

夜更け、雨になった。畑のために喜ぶ。

本日の通じ8回。これが健全な状態。よそへ出ると行き損ねたりいろいろで詰まる事が多く、回数は減る。こういう直腸切除者の状態を、知らない医師も多いのではないか。私の主治医はその道の高名な人ということだったが、1年後くらいに回数を聞いて、まだそんなにあるのかと言われた。
6年後でもこうなのだが、箇所が箇所だけにみんな黙ってやりすごすのか、人の場合はほとんどわからない。
いろいろな健康食品だの、ヨーグルトだの、摂ってみたが、乾燥したプルーンを煮て戻したような市販品の「種抜きプルーン」を毎日食べていると、一番具合がいい。
人さまざまで、ある人は干し柿を常備していて食べるということだった。私と反対の事情かも知れない。普通、柿は詰まるものだから。



# by buribushi | 2011-06-22 23:42 | | Comments(2)

砲金の鍋

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お客の案内で出雲崎へ行ったとき、出店のなかに知人の顔が見えた。包丁、ナイフ、鎌などを並べた打ち刃物の店。
すぐご近所で、家業が鍛冶屋さん、ということももちろん知っていたが、こうして一人で売っておられるところには初めて行き会った。
草取り鎌がいいと草取りが楽で、あと生えて来るのも遅い。ゼイタクして手打ちの草取り鎌を一丁、おごろうと思う。自然木の柄がついているのを持って見て、手によくなじむのを選び出した。
勘違いして、ねだんより少ないお金を渡し、なおお釣りを貰うつもりで待っているという二重のご無礼をしてしまったが、なんとか買い物も済む。

この人のご近所へ越して来て四半世紀になるのに、初めて作品を買った。こころない隣人というものだ。
ここへ来たばかりの頃、百歳近いおじいさん、おばあさんがお達者だった。道端へ出て通りを眺めながらひなたぼっこをしておられた。「おめさん何処から来なしたの」「新町のどこだの」新町の鍋徳(屋号)だというと、「そうかそうか、おら鍋徳からでっこいホウキンの鍋買うて、まだあるいの」それはどうも、ありがとうございますと、戦前の商いのお礼を言った。
ホウキンは砲金で、銅と錫の合金、扱いやすい金属らしい。

のどかなお年寄りからは、その後何回も「おめさん何処から・・」と聞かれ、しまいにホウキンの鍋買うた話と、お礼言上で終わるのだった。

鎌の柄には、畑でひょっと見失ったりしないよう、目立つ黄色のテープを巻いてからおろすことにする。



# by buribushi | 2011-06-22 13:34 | くらし | Comments(2)

どくだみローション



山百合や吾亦紅など植えてある一郭でどくだみを採ってきて洗い、水を切って、笊に広げて日陰に置いた。
夕方、葉っぱと花を摘み取ってガラス瓶に詰め、25度の焼酎を注いだが、これを冷暗所に半年くらい置いて、漉して、グリセリンを少し入れれば出来上がる。

作り方をネットで調べると、1年置くというのや、生葉を焼酎と一緒にミキサーにかけるというのやいろいろあったが、まあ穏やかなのを選んでおく。じかに使うものとしてはアルコール度が高いが、抽出しやすいということ、腐敗しないということでやはりこれにした。
使う分を小出しにする時水で薄めれば済むことだ。

うちの敷地内なら除草剤は一切使ってないし、山奥で採るどくだみの次くらいにはいいものだと思うので、もっと採ってどくだみ茶用にも干して置きたい。

ハシモトさんが来て、残りの藷苗を全部切って持って行った。4品種合計140本余。ほかにトケイソウ、ベゴニアサザーランディ、昼咲き月見草など上げた。今年も梅を上げるね、と言っていた(人の梅の木なんだけど)。

A丁さんが自分の畑で出来た葱苗を一把持って来てくれた。大きくてりっぱな葱苗、ありがたい。もう一度来て、蕪、胡瓜、大根、豌豆もくださる。
ダイコンはおろして、胡瓜は味噌を付けて食べたが、胡瓜がすばらしく美味しい。暑くなるとなんだか食べたくて買ったが、もううちで穫れるまで買わない。うちで穫れるようになったらたくさん食べる。

うちの豌豆を太らせておいて、豆ご飯を炊いた。塩と酒だけで薄味にして、もぎたて、剥きたての豆を入れて。豆が甘い。

引き出し片付け。本当は、衣類なら衣類をだーっとやってしまうのがいいんだけど、やらないよりはまし。はたち頃ハンカチを集めていた気分の続きで、いろいろなハンカチを持っていた。
今年になってリネンのハンカチを使ってみると、薄い綿ローンのハンカチなど、一度手を拭けばくちゃくちゃになるものをよく使っていたと思う。リネンの白と自然色、貰い物のリネンのからし色などを残して全部出してしまう。夫の引き出しからも、薄いのや小さいのを出して、しっかりした大判、リネンの自然色などを入れておく。



# by buribushi | 2011-06-21 22:22 | 作る | Comments(4)

中学校

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地元の中学校で、朝8時50分からの1限と、続く2限で短歌教室。
この形式は1300年も変わっていない、しかも誰でもが参加しているのは世界に例のないことらしい。とか、定型であるために、むしろ多くのものを含み得る、字面に現れていないものが読むほうにちゃんと伝わる。とか、同じ道を一緒に歩いたとしても、見たものはそれぞれで、つまり見た、ということは選んで見ているのだ。見たままを詠おうとはつまりそういうこと。とか。

作品鑑賞は普通の作品半分、中学生の作品半分。
沖縄話に脱線するように、ちゃんと犬釘をゆるめておいた、つまり沖縄の出てくる作品を1首混ぜて置いた。
最後の2,3分に、サイバラリエコの「この世で一番大事な金のはなし」のことを話す。これは自立して生きるとはどういうことか、という本だから、ぜひ読むように。
去年も同じ事を言ったので、もうちゃんとその本が入っていた。ただし全員読んでいるわけでもなかった。
次は29日、やはり1,2限。
30度を超えたそうで、汗の流れる暑い日になった。

夕方畑。また草が生えて来た落花生の間を、三角鍬で削る。落花生はもう花が咲きはじめた。
追い蒔きしたオクラがぽつぽつ生えて来た。
ダリアの隣に蒔いたコリアンダーがなかなか芽生えなかったが、今日小さい芽が見えるので1本摘んでみたらまぎれもない、カメムシに似たにおい。完熟した実は、葉っぱとは違い甘い芳香があるそうだから、それを楽しみに育てよう。

クチナシの蕾の首が伸びて来て、そろそろ咲く、と思っていたら今朝2輪咲いた。一重のほう。小さくてもちゃんと匂う。
西表島へ行ったとき、道脇の林の中に小型の一重の花をつけたクチナシの木、かなり大きいのがあって、ほしいなあ!と眺めたが、それと同じか、やや大きいくらいの花。今年は蕾がどっさりついた。

トケイソウの古い株に6輪花が咲いた。一度に6輪は今年初めて。



# by buribushi | 2011-06-20 21:43 | 本・短歌など | Comments(4)

野花菖蒲

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花菖蒲が咲いた。原種の野花菖蒲1輪、原種に近い形の白の花菖蒲4輪。
野花菖蒲は全ての花菖蒲の原形だというが、人に何種か貰って植えた花菖蒲のうち残ったのはこの白だけ。やはり原種に近いだけに強いのかも知れない。

昨日今日、二日間は、義兄のお参りのために東京から来た義姉のひとりを、久しぶりのことゆえあちこち案内しようと夫の運転で動き回った。
義姉と、もう3人、夫と私、の6人が乗るために娘の車を借りた。昨日は小千谷の、最高齢の義姉を訪ね、帰りに山古志を廻る。
「わたし80幾つになったっけかねぇ」「やーだ90のお祝いが済んで何年経った?」と言われてころころ笑っている95歳の義姉と一緒に蕎麦をご馳走になり、山古志経由で帰ると、隣町の温泉宿で夕飯をご馳走になった。
車を置いてタクシーで帰り、隣町からうちまでのタクシー代に驚く。夫の言い草は、酔っぱらった時でもなければおっかなくて乗れない。

朝、温泉まで4人を迎えに行き、うちでお茶。古い写真をみんなで見る。こういうものは大勢で見るといろいろなことを知るものだ。

さらに車で〇島の道の駅へ。ソーラン節を踊る団体がいて大音響がひびいていたのですぐに去った。寺泊は魚市場の駐車場がぎっしりで、駐車場外までいっぱいなのを見てここも去り、出雲崎。
民宿の畳の部屋でお昼、めいめいに好きなものを食べた。

駅へ送り、車を娘に返して帰宅。花や畑に水をやる。
外でご飯を食べ続けたらなんだかとても気持ちがひもじいような。
鶏レバーを炒めて塩胡椒したもの。ニラソース(みじん切りの生のニラを醤油とゴマ油にまぶしてしんなりするまで置く)を冷たい豆腐に載せたもの。などを食べてほっとした。

夜なべで、明日の中学校の短歌教室の資料と、明日送り出す新聞歌壇の原稿を見直す。ネコしばらく近くにねそべっていたが、私がパソコンに向かったら一人で二階へ上がって行った。



# by buribushi | 2011-06-19 20:10 | お出かけ | Comments(4)

山古志

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東京からのお客を案内して山古志へ行って来た。
むかし古志郡山古志村と言ったところで、いまは合併により長岡市の一部になっている。2004年の中越地震のとき壊滅的被害、と言われた山古志は、いまはほとんど分からないまでに復旧した田んぼに水が張られ、稲が根付いていた。水面だけ見えるのは、錦鯉の養殖池。

あの時は外部に通ずる道路が全部崩れ落ちたり埋まったりしたので、2000余の住民は全員ヘリコプターで救出されたのだった。
山崩れが川を塞いでダム状態になり、地震では壊れなかった家が水没した例もあった。
信濃川沿いの妙見(みょうけん)集落も通った。あの時大規模な崖崩れで乗用車が埋まってしまい、小さい男の子一人だけが何十時間後であったかに救出されたニュースも忘れられない。

私は小学生の時、今の魚沼市の一部である隣接の町から遠足で山古志へ行ったことがある。当時の遠足は全部徒歩だったが、小学生がずいぶんたくさん歩いたものだ。
それ以来初めての山古志。遠来のお客に何を見せようかということで、こちらもいい機会を得たのだった。

山古志の油夫(ゆぶ)集落に、地震後アメリカの個人から贈られたというアルパカが飼われている牧場がある。
可愛らしくおとなしいアルパカは、今月末の毛刈りを控えて、伸びた毛が目にかぶさっていたりしてそれもまたかわいい。

山々はちょうど新緑に雨が降ったあとで、匂い立つようにきれいだった。



# by buribushi | 2011-06-18 21:54 | お出かけ | Comments(4)

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