おしゃべりきものⅡ-または、おしゃべりねこ

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「節電」は本当に必要か(武田邦彦先生)

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(今日3本目の投稿。これがつまり、バスで出かけることもなく、お菓子の買い食いをすることもなかった代わりの「ルスゴト」というものだ。魚沼の話だけど、昔、つましい暮らしの中で、年寄りが出かけると若い者がふだんの心いせに少し奢ったご飯など食べる、それをルスゴトと言った。子どもが、「塩鱒マンマうまかった」と言ってルスゴトがばれたという実話があったっけ。奢りと言ってもその程度だった)

中部大学の武田邦彦先生のブログから。
震災直後の3月14日、東電のデータ。

電気設備         6300万キロワット
災害でやられた原発の分   200万キロワット
差引           6100万キロワット
その日の消費量      2800万キロワット

福島第一原発の発電量は全部で470万キロワットだが、事故当時4~6号機は点検中だったので、実質的に事故でやられた発電量は200万キロワットだった。
これほど余っているのに「計画停電」をした。

国民は大迷惑だが、政府(産業経済省)もマスコミも、このトリックを知らせようとしない。
計画停電を大々的に発表しながら実際にはほとんど実施しなかったのは、現実には電気はあったからだ。
まだウソがある。東電は想定外の津波でやられたと言っているが、停止した発電量のうち82%が、津波以前の地震だけで壊れたのだった。津波に対する備えが無かっただけではない、地震への備えも甘かったのだ。

東電は自分たちのミスを、「おとなしい国民」「自分たちをかばってくれる政府とマスコミ」に押しつけている。

この暑さに、電力不足だから節電を、と言われているが、本当に電気は足りないか?福島と浜岡の原発を止めただけで、なんで日本中で節電?

と、いうはなしが、武田邦彦先生のブログの6月29日分にある。略しながらも忠実に写したつもりだが、もとの武田先生のブログには原発関係のえっと驚く真実がまだまだ山盛りだから、そちらを見ていただきたい。

電気が不足だから節電を、という東電、政府、マスコミのいうことを真に受けて、通気のわるい暑いアパートの一室で、管理人が熱中症で亡くなっていた、などということが起きる(新聞報道)。なにしろおおかたが「大本営発表」を信じていた「おとなしい」「考えない」民だからね。

わからないのは政府とマスコミ。なんで国民ではなく、企業のミカタをする?「この世でいちばん大切なモノ」を間違えていないか?



by buribushi | 2011-06-30 13:02 | よのなか | Comments(10)

雑巾ちくちく

夫がジパング倶楽部の13000円で何日間か乗り放題というパスを使って昨日から遊びに出ている。
昨日は神田司町の〇〇屋でごはんを食べ(むかし、ゆかりのあった店だが代替わりした)、横浜中華街へ行って見て、気がすんだと明るいうちに帰って来た。暑い日だったので、早めに風呂を焚いておいたのはヒットであった。
今日も、にんじんとりんごの生ジュース1杯飲むとさっさと出かけて行った。

老後は夫婦で旅するのが楽しみ、とはよく聞くことだが、アンケートによれば、世の中の夫は旅の相手に妻を、と言うのが一位。妻は友人と、というのが一位だという。私は一人旅が一番好きだ。
旅先でコゴトを言われたりすると、旅ごこちがさーっと褪めてしまうが、向こうにすれば旅先でコゴトを言わなければならないことが不満かも。

機嫌良く一人遊びが出来ればそれに越したことはない、よかったよかった。

勤め人時代が終わると、一日中一緒というのは妻にはストレス。以前は留守になるとさっとバスに乗って出かけていた(よき人の働き者の退職者夫ゐてわれに積もる疲れは)。
今回はまだそれをしていない。昨日は中学校へ行って来たあと、午後はずっと雑巾縫いをしていた。「にいがた銀花」さんが募集している慰問用の雑巾で、タオルを半分に切って色糸でちくちく縫うというもの。どういうタオルが縫いやすいかもわかり、糸の色を変えたりしながら縫う。
銀花を訪れた福島からの避難者が、縫い始めたらみるみる表情が明るくなり、糸と針を買って機嫌良く帰った。後日たくさんの雑巾を見せに来た、と。

布、糸、針は気持ちをなだめるものだ。置き場所に困る飾り物など量産するのはどうかと思うけど、雑巾や布巾、小袋など、使えるものならたくさんあってもいい。
にいがた銀花のブログを見ると、楽しい雑巾がどっさり出ている。今日、縫い上げたタオル雑巾6枚を銀花へ送り出した。



by buribushi | 2011-06-30 11:26 | 作る | Comments(6)

モジズリの花

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ナツハゼを植えた近くの、モジズリ。去年植え込んで置いたものだが、こうなればあとは自分で殖えるだろう。
手前にタカサゴユリもあって、ゆっくり育って、他の百合がみんな終わった晩夏に咲く。某所の道端から取って来て植えたのだが、この百合は種子で殖えて、2年目か3年目にはもう咲く。その道端を通ると年々殖えているのがわかり、楽しい。うちでもそうなって行くかな。それにはもっと草ぼうぼうにしておかないとだめか。半端に草取りしてるからね。

梅の実があまり着かなかったと思っていたら、重みで枝がしなって来た所もあって、かなり穫れそう。梅干し、梅エキス、「コーソ(酵素。他のたくさんの野菜や果物と一緒に砂糖で漬け込んで発酵させた液)」と、使い道はいくらでもある。



今朝、畑を見に行って取って来たいんげんと豌豆。いんげんはなり始めで、豌豆はもう終わる。豆で食べる、ミの入ったものだけ取ってきたが、まもなく手繰らなければ。跡には何を蒔くかな、と。
一掴みくらいの収穫だけど、じじばばにはこれで充分。

コリアンダーの芽生えた畝のはずれ、ブロックを敷いた隙間に、オカヒジキが生えていた。去年ここの畝につくったので、逃げ出した一人生えだ。夫に草だと思って刈られないよう、周りの草をよく取って置こう。
夫が刈ってしまったモミジアオイ一株、また生えて来て、刈らなかったのに比べれば随分小さいが絶えないで済むことはわかった。周りの草をきれいにしておかないと、悪気ではなく本当に分からないのだから。
しかし草か花か野菜か、見分けられないというのも楽しみの無いことだとおもうけど、他の分野では私も同じように思われているのかもしれない(あ、まず、若い歌手や俳優は見分けがつかない)。



by buribushi | 2011-06-30 10:06 | | Comments(5)

ナツハゼ、サルナシ

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昨日植えたナツハゼ。もう背丈くらいになって、なるようになっていたのをツノヤマさんだか誰だかが切っちゃったのだという。。
でもいったん大きくなったのだから、このヒコバエがぐんぐん育って、そう何年も経たずとも実がつく。はず。
ナツハゼ、山葡萄、あけび、サルナシ、アンニンゴと来れば、いながらにして山である。足元にはうど、ミョウガだしね。

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これが今日現在のサルナシ。

中学生の歌は添削を一通りして、十数分はハナシをして終わる。個人の畑を突っ切って避難し、一人も犠牲を出さなかった保育園の話。校舎から高台へじかに橋を架け、校庭へ降りてから高台・・という大回りを止めて全員助かった小学校の話。津波の後、その橋は校舎とともにぐっしゃり壊れていた。もう一つ、整列させて点呼していて何十人も流されてしまった小学校の話。

言われたからと、まるまる受け取って捧げ持っていていいか。自分で考える、自分が変だと思ったら変だと言う、自分が主体になって生きよう。それにはこの前話したサイバラリエコの「カネの話」のように、自立することが大事。

脱線にも力が入り、二教室済んだらのどがいたくなった。



by buribushi | 2011-06-29 18:15 | 草・木・花 | Comments(4)

おんもへ出たい

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いかにも梅雨時らしい湿っぽい空気で、コンクリートがじっとり濡れている。草がスゴイが草取りもできない。
胡瓜が大きくなって、あす穫れそうなのが一本あった。下のほうについたので、土に触れて曲がっている。

ほとんど一日、中学生の歌を見て過ごす。「短歌とは」ということで私が1時間話した内容をまとめる欄が、へんだと思ったらまったく同じ短い文を書いている者が大勢いた。あるクラスはほとんど全員、あるクラスは半数くらい。あり得ないこと。

08年からの資料をみると、ただ「5・7・5・7・7」と書いている子がいたり、何にも書かない子、びっしり書いてはみだしている子もいた。それでいいので、同じ道を歩いてもおなじものは見ていないように、同じ話を聞いても耳にとまる部分は違って当たり前。

おおよその事情は察しがつき、それがいいことと思ってしたのだろうが、歌とはおよそ反対の極にあることと言わなければならない。
今年はもう添削はしたくないとまで思った。いったんは電話でそう伝えたが、思い直して、やはり準備を、とFAXを入れて置く。あすの一時間目、二時間目。

ハシモトさんがくれたナツハゼを植えなければならない。場所を決めて無かったが、東南の角、エゴノキやヤマボウシ、自生の山葡萄などがあるこの一郭にしようと思った。
夕方、雨が止んでいるときスコップで掘る。アンニンゴの根か何か、突き当たるので、剪定鋏を持ち出して切っては掘る。26年間で表面は黒土になっているが、下はまだ無機質な感じの赤っぽい山砂が出て来た。

やっと掘って、植えようと思えば、一塊りになったナツハゼの株に南天が1本、楢の木が1本、食い込むようになっていて、引っ張って取れるようなもんじゃない。南天は剪定ばさみで、楢は折り畳みの鋸で取り除く。南天が直径1センチ、楢は3センチ位もあった。何回か上を切ったらしくごつごつした木。

黒々した山土ごと植え穴に落とすとすぽっと入って、まわりに掘り出した土を少しかけた。土の性質が随分違うが、ナツハゼは丈夫な木だから頑張ってもらう。
これも根元の太さから見て1年や2年の苗ではないから、上を切られてはいるがヒコバエが出て来ると思う。と、希望的に。
去年大収穫のあと虫が入って枯れた山葡萄はヒコバエにまた少し花がついているし、アケビはぶらぶらしているし、大体ここは雑木林ということになっているのだ。

写真はおんもに出たいピース。もう夜だからおんもないない、と鍵をかけられたあと。彼女は今日ネズミを一つ取った。



by buribushi | 2011-06-28 23:29 | | Comments(6)

おミキさんとハガキ

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ノートやらハガキ、写真も残っていて、幕末の世?をのびやかに生きたらしいおミキさんのことを知りたいのだが、なぜか除籍簿に無い。位牌もない。
「金物商」とノートにはあった。金物と履き物、両方を商うようになったのは何時の時代か。
彼女のハガキの宛先は、夫の祖父にあたる初代忠蔵だと思われる。

私がこの町に来たばかりの頃、隣のおばあさんが問わず語りにいろいろ昔のことを話して呉れた。「おとと(二代忠蔵・夫の父)は煮豆が好きで、いつも一升鍋に煮てあった」「祭り時分には忙しくて、まんま食う時間もなかった。笹団子を脇に置いて、アクンと食っちゃ下駄の緒すげしてなした」「ぎっちょんちょんという歌がおはこで、酒がはいるとよく唄った」
などと。おばあさんならおミキさんのことも知っていたかもしれないのに、その頃は何の気もなくて、惜しいことをしてしまった。

「信州渋温泉場 山本喜藤治方ニテ 山崎ミキ 前略 陳者(のぶれば)本日午後六時半信州渋温泉に無事到着 昨三日草津温泉へ出張仕・・・豊野より婦人連七八人ニ相成り其内草津温泉宿桐山仁平殿御内室と同道仕り同宿・・ニ付草津温泉は右桐山仁平方・宿泊の都合ニ候 右御報申上候」
・・の分は読めなかったところ。

「上州草津温泉場 桐山二平方ニ止宿 山崎みき 本日出の御手紙正ニ拝読仕候 陳者・・・・四日ニ草津出立仕候間 何分にも身タイニ タタレ・・・〆ニ渋ニ二三日入湯致し帰宅仕心組ニ御座候・・御承知下され度皆々へよろしく御伝言下され度候也・・・心持はよろしく御安心下され度候」

違うところもあるかも知れないが、おおよそこんな風に読める。前の旅日記「くりま(車)」「きさ(汽車)」時分から見ると随分達筆になり内容も整っている。

さらに、「上州草津温泉場 桐山二平方 山崎お美き様 拙き筆にて一寸お伺ひ申上候 さてあなたさまは先日より重き御病気におかかり遊ばされ此度温泉に赴きなされしとの事・・さんより承り申候其後如何に御暮らしなされ候や日々あなた様のことのみ思ひ出して御案じ申居候へども何分遠くして一寸お会ひ申す事も出来ぬ故私は実につまらず候 うんぬん(これで半分。以下略)」という見舞い状のハガキもある。

おミキさんが実在したことは疑うべくもないが、年寄りが繰り返しむかしのことを物語り、百年分や二百年分の記録はみなその中にあると言われた時代は遠く過ぎ去り、もう聞かせて貰うこともなく、聞かせることも出来ない。



by buribushi | 2011-06-27 11:56 | その他 | Comments(2)

コンブちゃん

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娘①の末っ子が自転車でじじばばの家へ来る途中で見つけ、母親に頼んで保護。その後いろいろあって、結局娘②の家の子になった老いネコ、コンブ。
衰弱が激しく、よれよれだった。娘の家のネコ達が残したカリカリを、手でかき集めてきれいに食べてしまうほど食欲はあった。
娘②は一人住まいで、日中外に出る仕事なのでどうかとは思ったが、仲良く暮らしているらしい。ヨダレが止まらなくて、いつも口元がびしょびしょしているネコを、よく世話している。

娘が食べるものなら、キナコのついた粽でも食べるらしい。家で焼いて時々届けるパンも好きらしい。昨日、サーターアンダーギーを作ったので届けたが、娘が何かを取りに奧へ入ったら、コンブがかちかちかちと爪の音をさせて、小走りに後を追って行った。

写真は保護されて間もない5月のだけど。コンブの顔が、なんだかおもしろいのは何故だろう。と、見ていたら、彼女、鼻と口の間が、ネコにしてはやや遠いのではないか。ヒトの顔のこと言えるんですか、とコンブにおこられそうだけど。いや、ユニークでいいですよ。

追記。
今日の道楽-真っ赤な花のアブチロン一鉢、お取り越の露店で。
今日の夕飯-炒り豆腐(牛蒡、人参、葱、豆腐、卵、鰹節)。ピーマン味噌炒め。甘塩タラコ。生胡瓜生味噌。またしても豆ご飯。



by buribushi | 2011-06-26 10:26 | 猫・動物 | Comments(4)

もっと古い写真

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これはさらに古い写真。
父親の脇に並んだ男の子、右が夫の父・8歳。左がその弟・6歳。
この右側の子どもが長じてもうけたのが、下の写真の怜悧そうな子どもたちということになる。

女性は誰かわからない。「おみき」さんと言う、金物商として東京へでも大阪へでも出かけていた人があることは分かっているが、彼女かも知れない。その人は、何故かいまのところ位牌もなく、過去帳にも出て来ない。
草津の温泉へ湯治にいき、そこから自宅へ出したはがきがあったし、明治初期という、まだ江戸時代の尾がのこっているような時代に、のびのびと生きた女性だったようだ。その時代だから、まだのびのびしていたのだろうか。腕のいいあきんどだったからだろうか。持って生まれた闊達な性格か。おみきさんは一番会ってみたい人物である。

私たちが若い頃ならともかく、年寄りに聞こうにも自分が年寄りになってしまい、もう聞ける人はいないのだ。

おみきさんの旅日記、掌ほどの帳面に筆で書き付けたものがどこかにあるはずで、何度も見ているのだが、いま仏壇の引き出しにはなかった。ぜひ探し出してこれらの古いものと一緒にしておきたい。
人力車でどこかまで出かけてそこから汽車に乗っており、「くりま(車)」「きさ(汽車)」「ちょわん(中飯-昼食)」などとあったのを覚えているんだけど。

下の子どもの写真にも、名前と、K(夫の名)の姉、兄であることを裏に書き足して置いた。

司馬遼太郎のはなしに、幕末、給金五円の人が、一円出して撮った写真、ということが出ていた。そのころ写真を撮るというのは大変なことで、あまり数多くは残っていない。古いから捨てる、などと言わないよう、若いものに言っておかなければならない。



by buribushi | 2011-06-25 14:28 | その他 | Comments(6)

古い写真

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夫の父方の親戚の人から系図についていろいろ聞かれた。
わからないことが多いので、菩提寺へ行って過去帳を見てもらったり、仏壇の引き出しを開けて参考になるものを探したりした。

写真も、ガラス板に焼き付けて桐の箱に収めた明治初期のものまである。夫の祖父と、八歳の父、六歳の叔父の写真も桐箱入り。
今回いろいろ尋ねておられるのはこの叔父の孫で、夫には従兄の子「はとこ」にあたる人。

ここに載せたのは、昭和初期に亡くなった、夫の姉。そして昭和12年生まれの夫と入れ替わりのように亡くなったという兄の写真である。
なんというかしこそうな、まっすぐな心を物語る、写真だろう。うら若いうちに亡くなったということの口惜しさ。あわれ。
この子たちの母親も早く亡くなったので、二番目に来た母の末子が夫である。
この兄の写真。私の孫の一人がよく似ている。血が繋がっているのだから何の不思議もないようなものだけれども、でもしみじみ不思議。



by buribushi | 2011-06-25 14:00 | ひと | Comments(4)

気に入り

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朝の間は生ぬるい風が荒れる曇り空。
午前中、ニンニクを抜いてしまう。それを一輪車で家へ運んでから、空いた畑に八升豆を植えた。最初に芽生えた1本はもう蔓らしいものが出はじめていた。後からの2本と、計3本だけだけど、この豆、去年ひとかたならぬ茂りようをして、せっかくの花も十分見えなかった。
細い鉄パイプを、横槌を使って打ち込み、横にもくくりつけて大袈裟な柵をした。ゆすってみるとぐらぐら。
夫が来て、金具を使って固定してくれた。3本の苗は片側に植えて、柵の上まで行ったら反対側に覆い被さって行くように、というつもり。そううまくいくかどうかは、やってみなければわからない。

蔓無しインゲンが風で倒れかけているので、ビニール竹を立てて、荷造り紐でぐるりと囲う。
絶やしたと思った島ラッキョウがほそぼそと生き残っていたので、集めて一粒ずつにばらし、菜っぱの畝の続きに植えた。

ダリアを添え竹に紐で括った。

午後は時々激しく降りながら、相変わらず生ぬるい空気。髪を切りに行く。梅雨時の湿気で癖っ毛がひどくなり、もじゃもじゃなので、多めに梳いて短めに切ってと注文した。

佐野洋子の本「死ぬ気まんまん」を買った。
〇印〇品で夏用のスリッパ2足。リネンのハンカチは売れてしまって、最後の2枚になっていた。プルーン(種あり)。粗いスポンジで出来た風呂場の石鹸置き。以上買った。

夕飯、牛蒡と鶏肉の炒め煮。頂き物の餃子を蒸す。トマトに生玉葱のみじん切りを掛ける。蕪の糠漬け。

写真は好きなトンボ玉。半透明で美味しそうなところが気に入っているが、私の写真ではうまく出ていない。



by buribushi | 2011-06-24 21:25 | きもの・衣服 | Comments(6)

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