おしゃべりきものⅡ-または、おしゃべりねこ

カテゴリ:本( 98 )




銀の匙

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中勘助「銀の匙」4冊。もちろんみんな私の本棚から。
1991年に発行されたワイド版は別として、文庫版は昭和24年発行の第14刷。昭和28年発行の第25刷。1988年発行の第85刷。(初版第1刷は昭和10年発行)

28年発行のものが初めて自分で買ったもので、24年は貰い物だったと思う。
何遍となく読み返したので汚れているこれらの本、文庫版の古い方から2冊と、それ以後に違いがあって、それは私にはとても大きいものに感じられる。1962年(昭和37年)を境に新仮名遣いになったのだ。

1ページ目から、旧版は
「もとは舶来の粉煙草でもはひつてゐたものらしい。」それが改訂版になると
「もとは舶来の粉煙草でもはいってたものらしい。」
「はいっていた」ならわかる。「はいってた」とはなにごとか。
舶来の粉煙草の薫るところが、ただ粉っぽく埃っぽくなってしまったと、私は思った。

「珍しい形の銀の小匙のあることをかつて忘れたことはない。それはさしわたし五分ぐらゐの皿形の頭にわづかにそりをうった短い柄がついてゐるので、」は、
「・・・短い柄がついてるので」とこれも早口である。実に気に入らない。
仮名遣いの新旧を変えるにとどめて、こういう小細工はしないでもらいたかったと、憤懣やるかたなし。

旧版は戦後間もないころの発行だから、紙質がよくなく、印刷もいいとは言えない。それでもこちらしか読みたくない。

「銀の匙」は、どれだけ人に贈ったかわからないほど何回も求めたが、いまある新版は、そうして買いながらそのままになってしまったものだと思う。

本を好きな人に、本棚の中味減らしに協力してもらうことになっているが、私の子よりはるかに年下、という若い人だから、新版「銀の匙」も入れさせて貰うことにした。



以下覚え書き

文庫本の「銀の匙」を四冊持っていて、昭和24年、28年、1988年、1991年の発行です。
旅先で読みたくなって買ったり、人に貸している間に読みたくなったりして増えました。

前2冊と後のに大きな違いがあります。
初めて改訂版を読んだときわが目を疑いました。
「もとは舶来の粉煙草でもはひつてゐたものらしい」が、「はいってたものらしい」になっていました。
「はいっていたものらしい」なら仮名遣いが変わっただけですが、「はいってた」とは何事でしょうか。
薫り高い舶来煙草と、埃臭いだけ、いや、もっと根本的な違いに思えます。
銀の小匙まで、「わずかにそりをうった短い柄がついてゐるので」が「ついてるので」
もう、「一」の中だけでさえ、「眺めてゐることがある」が「ながめてる」。「忘れられてゐたのである」が「忘れられてたのである」と、次々出て来ます。

古い方の版に(いま気がついたら新しい版にも)和辻哲郎の解説がありますが、「・・文章に非常な彫琢があるに拘はらず不思議なほど真実を傷つけてゐないこと、文章の響きが好いこと」と、夏目漱石がこの作品について指摘し賞賛したことを記しています。
「改訂」は仮名遣いに止めるべきです、この名作に何故こんな無礼が行われたのか、理解出来ません。
作者に無礼、長年の読者に無礼、改訂版でしか読むことの出来ない若い読者に無礼、と思っていました。
今日あらためて、最初に価値を認めた夏目漱石にも無礼、改訂版にも同じ解説を載せられている和辻哲郎にも無礼だと思います。
お願いですから、今からでも、仮名遣いの他のこういう「い」抜き文体を直してください。
いったいどのくらいあるのか、数え初めて、悲しみと立腹のために止めてしまいましたが、万一必要とあらば何ページ何行目のどの言葉、と、数えてもよろしいです。
長年いろいろ読ませて頂いている天下の岩波に、初めてお便りするのがこれでは心苦しいのですが、長年、つらいと思って来て、最近自分のブログに書いたところ同じ意見の人が多かったので、蟷螂の斧を用いる気になりました。
失礼の段お詫び申し上げます。



by buribushi | 2012-02-23 11:58 | | Comments(12)

ハウツー本?

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今朝ブックサービスから届いた本は3冊。
中村仁一「大往生したけりゃ医療と関わるな-自然死のすすめ」は一番読みたかったもの。
読み始めたばかりのところに、あてはまるものに◯をつけよ、という15箇条があった。治療に関わる思いこみテストである。
1 ちょっと具合が悪くなるとすぐ医者にかかる
2 薬を飲まないと病気はよくならない
3 病名がつかないと不安
と、以下15まで続くのだ。
著者は自分のテーマによる勉強会をもっていて、そこに集まる人は奇人、変人が多いので、◯が一つもつかない人がかなりいた。さすがというべきか。とある。
試してみたら、私も見事に奇人変人のたぐいだった。

著者は特別養護老人ホームの医師をしているので、多くの人の死を看取ったが、余計な治療を加えない自然な死がいかに安らかなものかを見て来た。
老いと病気は違う。老いて具合が悪くなるのは当然で、それを病気として治療することの不自然。
死に方は生き方であること。など、いままで私が薄々考えていたことがはっきり書かれていると言っていい。

「もたない男」は、私が持ちすぎている自覚、今まで何冊も読んだ「捨てることを勧める本」の地続きとして。漫画家の仕事場らしいから、生活する場所ならこうはいくまいが、ボールペンのインクが減ってきたらペンの長さを削って捨てるという人。煉瓦大のカタマリは枕で、他には寝袋が一つ壁にかけてあった。これは参考にとかいうことにはならないだろう。

「折れない心」の本を選んだのは簡単なことで、折れやすいから。ただただ人間に対して。人間好きは人間に傷つく。

生の残り時間、ということがいつも心を離れないようになっているので、死に方の本と生き方の本を読みたいというわけだ。

オマケ写真は娘①のところのボビ。体重8キロの威丈夫、私が座ったらそろりと膝に乗って来た。珍しいことだそうな。うれしい。動物に好かれるのはほんとうにうれしい。
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by buribushi | 2012-02-22 10:07 | | Comments(9)

「キジバトの記」

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上野英信の本を読んだら、夫人の上野晴子の著書を読み返したくなった。

本の帯に文章の一節が引かれている。
「人の出入りの絶え間なかった門前で、キジバトの存在に気付いた人はほとんどいなかった。まして、この家の女房が、キジバトの平安にあこがれていたことなど誰も知らない。夫の性格はあまりに強く、その目指すところはあまりに高かったがゆえに、伴侶として力不足の私はしばしば失速し転落した」

力不足と書いてはいるが、何びとであっても上野英信の思うままに「仕え」られる人などこの世に無かったのではないか。晴子は「教育でなく調教」「精神の纏足状態」というすさまじい言葉でみずからが夫から受けた扱いを書いている。
一人息子の朱(あかし)によれば、来客の前で罵倒された晴子が台所に来て「あたしは法皇のロバになるんだから」と言っていたという。長い忍従の末、相手を空高く蹴飛ばしてしまう、ドーデの作品のロバのことだ。

結婚が決まってから、英信は晴子が少女時代からやって来た短歌を作ることを禁じている。「短歌が文学というならばの話だが、きみは文学に毒されている」というのが言い分である。

キジバトの記を読み進むと、「心のかさぶたが乾き始めたのではないか」というところがあって、夫の死後、一人になってゆっくりものを思うことが出来るようになり、理解や整理が心に生じたことを物語るようで、ほっとする。かくれキリシタンのように作り続けた短歌のノートも、やっとおおっぴらに机に置けるようになっていた。
夫の死語10年、「いろいろあったけれどなかなかに楽しい人生だった」と言う言葉を残して1997年に晴子は亡くなっている。
10年の歳月は、ただ一冊の著書「キジバトの記」にまとめられた文章を生み、心の闇を逃れ得たのではないか。

朱の謝辞に出てくる名前に覚えがあった。山福康政。本棚を見回したら、何回かの大・古書店行きを免れて、あった。北九州の山福印刷あるじ山福康政が著した本「付録」(これが正式の本の名前)。俳句、文章、イラスト、全部手書き。1979年発行。
開いたページは上野英信の「筑豊文庫」での食事風景。康政、その夫人と子、英信、晴子、朱。朱が「ここの猫はネコという名です」と言っている。
食べることも思想であることを腹に応えて教えてもらった、と、康政が言う。食事の内容が、欄外にこまごまと書いてある。

本棚の中でぐるりと廻って完結する世界、ああ活字中毒者の醍醐味。

上野朱の著書「蕨の家-上野英信と晴子」も読み返したい。

(晴子の短歌は少し読んだ。それこそ不遜を顧みずに言うならば、晴子は文章の人で、短歌の人ではなかったと、私は思う。英信ほどの人が彼女の短歌について分からなかったとは思わない。止めさせるのにああいう言い方をしたのは彼の愛情である。)



by buribushi | 2012-02-07 06:00 | | Comments(4)

痕跡本

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新聞に「痕跡本のすすめ」という本の広告が出ていた。書き込み、破れ、挟み込み、張り込み、切り取りなど、前の持ち主が本に手を加えた痕跡からさまざまなことを読みとるというものらしく、著者は古書店主である。

私が沖縄の古書店で買った、上野英信著「眉屋私記」は530ページ余もある大冊で、ある沖縄人の手記をもとにしていてその引用も多く、読みやすいとは言えない。
立ち読みもしてそのことを承知で買ったのは、まさに書き込みの多さに興味を持ったからだった。

著者はうちなーんちゅでもないのによくここまで、と思うほど、その山入端万栄(やまのは・まんえい)の手記を読み込み、現地のメキシコにも取材に行きなどして、彼が身を投じた移民の事情や沖縄のこともよく調べて書いているが、本当のうちなーんちゅから見れば内容や言葉に不服があるのだろう、そういう意味の書き込みが多い。

目次の所には、そういう本の内容とは関係のない、覚え書きがはっきり読める。
スカイメート 東京片道24550円、計49100円
みちか(意味を理解せず)37300円
合計86400
と書いてある。
奥付によれば「眉屋私記」の発行は1984年3月10日であり、書き込みには3月16日に「書評用」としてこの本を受け取った、とある。

この航空運賃は、今の物価に照らしても安いと思えず、まして30年近い以前の貨幣価値から言ってずいぶん高い東京行きをしたのだということがわかる。
書き込みをした人は2009年に73歳で故人になった沖縄の作家で、グーグルでお目にかかったらいかにも縄文の末裔、という、力強い風貌であった。

私がこの本を買ったのは2005年以前だから、亡くなられて古書店に出た本ではない。ご自分で処分された本なら、書き込みのことにふれてもグブリー(ご無礼)にはあたらないだろうと思ってこれを書く。

上野英信は、山入端万栄「わが移民記」を読んで衝撃をうけ、メキシコへ取材に行くことにする。移民記を渡した琉球新報記者、三木健は、封も切らない給料袋を包んで餞別としたと、あとがきにある。



by buribushi | 2012-02-06 09:00 | | Comments(10)

進行中

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年にいちど、投稿作品を集めて冊子を作る。
去年一年間、週に一度、十二首ずつ新聞に載った、その作品集。
新聞の切り抜きと、選ぶ前のナマ原稿(新聞社から来る、投稿はがきのコピー)、いろいろな覚え書きや下書きのノート、これらを自分の周りに置いてしこしことやる。

苦労はない、楽しい。だから夢中になって、うしろのストーブで煮豆が焦げる(味をつける前だったし、そんなにひどく焦げたわけではないから自家用にして、義姉に送る分はまた煮る)。

作品集は、はじめは新聞社が作っていたのだが、売れなくて、採算が取れないということで立ち消え式に中止になっていた。あとを私が勝手に(新聞社に了解は取った)引き継いだ。
まあしかし、みごとに売れない。短歌というものが生産者と消費者の数が一緒、と言われているのだから当然だろうけど。

「自分が好きでやっていることだ。モンクあるか」と自分に言う。「・・アリマセン」
文句はないが、作る数を今年から減らす。製造単価は高くなっても、あまり残るよりはいいだろう。

オマケ写真、今日の雀食堂。朝のうちだけ、久しぶりに陽が射した。後半また雪になる。
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by buribushi | 2012-01-30 20:23 | | Comments(8)

空に放ちし

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九州の行橋というところからポンカンが届いた。
去年、偶然、私が40代のとき作った第一歌集のことを書いてあるブログを見つけ、理解が嬉しくてメールした。そして第二、第三の二冊の歌集を送ったが、その人からの贈り物。子ども達の家へ持って行こうと、今、ポンカンを分けて袋に入れたところだ。

むかーし、読んだ詩、もううろおぼえだけど、「空に放ちしわが征矢は あはれいづくに落ちにけん」というのが初めのところで、歳月の後、矢は折れもせず木にとどまっていた。空に唄ったわが歌のもとすえは、友の心に表れた。というような内容だった。

あのブログを見てすぐ心に浮かんだのは「空に放ちしわが征矢は」だった。500部作ろうとしたら、思った数の一段上にしなさい、また作れるものではないから、と言ってくださった人があって、700部作った歌集のことだ。本の数としては微々たるものだとしても、それが散って行った世界は私には広く、文字通り あはれいづくに。

古本屋さんに流れるほどの歳月があって、そこへも行かず消え失せたものも多いだろう。自費出版の歌集なんて世の中には掃いて捨てるほどあって、自分にとってはどんなに思い入れがあり、どんなに苦労したとしても、数の内ということに変わりはない。

この年になって、こういうことに出会えたのは僥倖というものだろう。



by buribushi | 2012-01-20 12:02 | | Comments(4)

イとエのはなし

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越後人はイとエの発音がニガテ、というか、区別がつかない、いや、入れ替わる?とにかくニガテ。
私は県外で生まれ、物ごころついたのに、両親が北魚沼なのでしっかりとそれを受け継いだ。

小学生の時、「ゐ」の字を見て「エノシシのエ」と読み、からかいのタネにされた。からかわれるので、直そうとするんだけど、イノシシ!と叫んだつもりでも、人はエノシシと言った、という。「ゑ」より、なぜか「ゐ」の方が後まで苦労した。
「ゐ」を見て、あたまの中で(これはエじゃない、イ)と翻訳していたから、いまは書く方も言うほうも大丈夫とは思うけど、その文字にほんの一瞬、目がつまずく。

小学校の学芸会で白雪姫の母になり(お姫さまの役はとうとう一度もまわって来なかった)「シラユキはエキテイル!」と叫んだそうで、その辺りを境に言う方も何とか、混じらなくなった。

いま、人さまの投稿短歌を選んでいるとき「思ひば(オモイバ)」「習へて(ナラエテ)」などと書いてあるのに出会うことがある。
「オモエバ(旧仮名でおもへば)」「ナライテ(旧仮名でならひて)」の、イとエの間違いなのだが、同県人の幸いでそこのところは分かるから直して置く。
ここまでしみ込んだお国言葉を持つということは、むしろうらやましいことだ。私はあちこち、別の土地で暮らしたので、イとエの区別はつくようになったかわり、純粋のお国言葉はあやつれない。

むかし「とんち教室」というラジオ番組があった。柔道の大家、石黒敬七という人がレギュラーで出演していたが、柏崎の生まれだそうで、越後訛りが抜けていなかった。
最後に「ない」がつく句を詠む、という時の彼の作品、「わたしゃイとエがわからない」。

私の大好きな沖縄の人もイとエで困ることがあるみたいだ。言葉の最初にエが来ると言いにくいのかな?喜納昌吉のライブハウスで、目の前に立ったショーキチは何度も「ィエイエン(永遠)」と言った。



by buribushi | 2012-01-14 10:30 | | Comments(15)

巻二 夕顔・若紫

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あれよというまに、夕顔が、好きごころで連れ出された仮の宿で息絶えるところまで読む。嘆きながらも押し包んで運び出し葬って、帰って来てまた嘆き悲しんでいるけれど、いきなりいなくなった人の家では人々がどう思うのか。そちらには何の配慮もないのだ。
そして幼い若紫に目をつけたところまで読んだけど、文体や何かはともかく、このいい気な男の話をしまいまで読めるかしらという気がして来た。

巻一にあった、いわゆる「雨夜の品定め」もなんともむかつく話である。女を上品、下品(じょうぼん、げぼん)などと。
女性がこれを書いたのに、この場面はどういうことだ?

清少納言「枕草子」は澄んだエッセイで、いやなところはないし時々読み返したいところも幾つもあって、私の中では値打ちが全く違う。そして現代語訳より原文で読みたいところも違う。
紫式部のこのくねくね、ごたごたしたエネルギーは何なんだろう。

源氏物語を知らないと分からないことが国文にはあるから、遅ればせもいいところながら一応読もうとは思いながら、2冊目でいやになって来た経過報告まで。



by buribushi | 2012-01-12 22:52 | | Comments(4)

谷崎源氏・他

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名古屋にいる同級生のユーゾーさんから荷物。谷崎潤一郎訳の源氏物語、昭和16年発行のものである。和綴じふうの装丁で、用紙も和紙のようだ。
これこれのものがあったから送る、と電話が来たとき、お礼は述べたが、ちらと(読むかなあ)という気持ちがしたのだった。
でも、いまだに源氏を通して読んだことはない。いい機会だと思って読むことにしよう。

ユーゾーさは(「さん」ではない、「さ」をつけるのがお国ぶり)、私が小学校2年1学期までと、中学3年2学期から卒業までを一緒に過ごしたキセル同級生で、本を誰かにやろうかと思ったとき私を思い出してくれたのはありがたいことだ。

源氏物語の他には、ビッグイシュー、さまざまな名言を書き抜いたもの、などが入っていた。
良寛の「災難に逢ふ時節にはあふがよく候 死ぬ時節には死ぬがよく候 是はこれ災難をのがるる妙法にて候」とか、
ガンジーの「明日死ぬと思って生きなさい 永遠に生きると思って学びなさい」など。
ガンジーの言葉は初めて見た。有り難かった。

最近知った話。ある三味線の名手がいうに、「演奏は上手だが音が濁っている人がある。下手なのだが音は澄んできれいな人がある」これは修練のほかで、どうしようもないことなのだという。もとの話にはこれにみな固有名詞が入っていて、分かりやすく、じつに興味深かった。
あっ、歌(短歌)にも通うことだと、すぐそう思った。
そして人々の歌を見るに、どちらであるかはじつにくっきりと見えるのだった。
そつなく歌にまとめているが、読む気持ちの「涼しくない」ものと、手を入れなければ歌といいにくいような作品なのに、少し整理してみると何ともいい歌になるものとあるのは前から分かっていた。

このことをもう少し前からちゃんと意識していたらしないで済む失敗もあった。



by buribushi | 2012-01-11 21:29 | | Comments(6)

出雲崎・希望のしくみ

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冬の海は色彩もなくて、沖から波が寄せては防波堤にうち当たって高くしぶきがあがる。
小魚でもうち寄せられるのだろうか、水際にウミネコがたくさん、風に吹かれていた。
魚屋さんも、道の駅も、人影が見えず、しんとしている。山国の冬は雪が深くてたいへんだけど、海辺の冬も寂しいなあ。
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「希望のしくみ」という本を読んだ。
スリランカ初期仏教界長老、アルボムッレ・スマナサーラと養老孟司の対談。仏教と科学が、お互い実になめらかに意思が通い、理解しあって「真理」を語る。

アルボムッレによれば、日本仏教の各宗派が唱えているお経は、釈迦没後何百年も経ってから坊さんが書いたもので釈迦の言葉ではない。釈迦の語る真理はシンプルで衝撃的。
日本の仏教は自分で解釈して宗派を立てた祖師を信仰しているので、釈迦の言葉は信仰するのでなく実践すべきもの、祖師をのみ信じているのは仏教でなく何々教であるという。
私は信仰に入ろうとしたことが2度あって、1度も果たさなかった。(これは一部真理かもしれないが、これを始めた△△氏の考えが濃く入っていて、それに馴染めない)と思うのだった。
そういう自分をなにか欠陥があるのだろうかと思ったこともあるが、健全だったのだとわかる、それだけでもまず、読んだ価値があると思う。

フランス人と中国人が日本人のことを「彼らは生きていない」と言うだけですっと通ずるものがあったはなし。

ス「彼らに取っての人生はパックツァーみたいなもの。何日に出発して何日に帰る、何処と何処へいくと旗のあとをついて歩いて安全に行って帰って「旅をした」。人生はそうじゃないんだけど」
養「そう。ほんとにパックツァーだと思ってる」
編集者「横道にそれる快感をしらないんですね」
養「それは横道かどうかもわからないんですよ。いまの表現は非常に日本型で、人生に正道があると思ってるんだ」
編「あ、そうか」
ス「道があると思ってる」
養「だったらわが道を真っ直ぐ行きゃいいじゃないか、パックツァーなんかじゃなくね」
というくだりとか。

ちょっとこれ、よく読んで、少しなりと生き方が変われるような気がした。



by buribushi | 2011-11-25 16:46 | | Comments(12)

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