おしゃべりきものⅡ-または、おしゃべりねこ

カテゴリ:本( 91 )




「猫なんかよんでもこない。」

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「ネコ本」を見つけた。娘②の誕生日は過ぎたが、プレゼントにいいだろう。
本人に聞いたら持っていないとのことだった。立ち読み防止のビニールがぴっちりと巻いてある。
彼女が読んでから貸して貰おう。

さっき湯たんぽを拵えて布団に入れに行ったが、私の布団に入れて、布団が少し捲れていたのを直そうとあおったらピースが転がり出た。この冬初めて私の所へもぐったのに惜しいことをした。
洗濯ネットに入れてぎゅうぎゅう抱っこしたり、診察台に載せて抑えたりしたのを少しも根に持たないで頭をこすりつけてくる。



by buribushi | 2014-01-09 21:35 | 本・短歌など | Comments(6)

高山なおみ「日々ごはん」など

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「明日もいち日ぶじ日記」をたまたま手にとって、買って来た。一気に読んで、すっかり好きになってしまい、「今日もいち日、ぶじ日記」「日々ごはん」(12冊ある)などを読み始めて止まらない。
この人は料理家なので、作って見たいレシピを見つけるのももちろん嬉しいが、もっと読みたかったのは夫である通称スイセイさんの言動と、それに響き合うような、独立しているような、あるときはまたべったりしているような、作者の言動とが面白くてたまらない。こんな結婚をしたらそれだけで人生大勝利、と、前にも書いたな。

自分に都合のわるいことでもそのまんま淡々と書くようなところも面白い。夜更けどころか朝までも飲み、朝帰りしたり夕方目が覚めたりすることの多さ。
人と会うことの多さ。
この人の1日は私の一年より濃い。

スイセイさんが言うに、作者は「料理界のジミー大西」また「料理界の棟方志功」。それなのにある人が言うに「森のイスキアの初女さんに似ている」ジミー大西、棟方志功、初女さんの共通点ってなに?

当然かも知れないが私の好きな作家が次々出てくる。武田百合子。「ぶじ日記」は、百合子の「富士日記」をもじってスイセイさんがつけた題名だそうだ。佐野洋子も繰り返し出て来る。田口ランディが出て来る。
レシピとともにその時期に読んだ本のことも出て来る。いしいしんじはぜひ読もう。

何処かの持ち寄りパーティで、「林さんという発酵食を研究している人」が手作りの味噌やパンを持って来て美味しかった、とあるのはあきらかに林弘子さんのことだ。弘子さんもとらわれのない大物でいらしたが、50代で亡くなってしまった。お邪魔したとき「空中の自然の酵母を練り粉に取り込んで育てた」というパン種をいただいたのに、うまく育てられなくてだめにしてしまった。

料理を作って本にしたりテレビに出たり雑誌に書いたり、間には寝ころんで本を読んだり、映画を見たり(「高山ふとんシネマ」という映画評の本もある)。
暑い日にシャワーを浴びてムームーみたいならくな服を着て、ベランダに枕を持ち出して寝ころべば、服が風をはらんではたはたと鳴る。ほとんど自分の体験のように、なまなましく、みずみずしく本を味わう。

あとの楽しみに取っておく、なんていうことが私には出来ないので、年末、大いに迷惑している。寝不足。



by buribushi | 2013-12-29 23:01 | 本・短歌など | Comments(2)

なおみさんとスイセイさん・「明日もいち日、ぶじ日記」

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高山なおみの本は、「帰ってから、お腹がすいてもいいようにとおもったのだ。」の一冊しか読んだことがなかった。
「明日もいち日、ぶじ日記」は帯に書かれた、(結局、いちばん大切なのは、「食う寝るところに住むところ」だと気付いたのだ。)という文章と、著者の肖像であろうきっぱりとした表情の女性が表紙になっていることのために手に取った。
ちょっと見てから寝よう、と思ったばかりに、とうとう最後まで読んでしまった。

料理店のシェフから料理人という肩書きでいろんな仕事をするようになった人が、日記の終わりにその日食べた物を記しているのが面白い。
もちろん美味しそうなものが沢山出てくるが、その日の都合では、スーパーのいなりずしとちらし寿司を夕飯にしたことも書くし、お正月、二日酔いで寝坊したら、旦那さんが昨日の蕎麦を温めて一人で食べていた、などとも書く。

じつに真っ直ぐで、気取らなくて、淡々と、ずかずかと日々を歩く、といった様子が面白くてたまらない。
スイセイというのがだんなさんのこと。広島弁らしい方言で話すスイセイさん。
「きのう、スイセイが山の家から帰ってきた。ゆうべは隣にスイセイがいるのを感じながら、ものすごくよく眠って、10時半に起きた。そうか、留守のあいだ私はちゃんと寝ているつもりだったけど、じつはそうでもなかったのだな。」「山の家の話を聞きながらビールを飲んだ。私もうれしかったけど、この家もスイセイが帰って来たことをよろこんでいるような気がした。」これ、50台も後半の夫婦。

スイセイ語録。
「みい(なおみ)は肥料を平均して撒けるようになったのう。グラタンを作るとき、チーズをまんべんなくのせるのといっしょじゃろう?」
来年の予定を聞かれて、「いやー、オレは先のことはわからん。目の前のことをひとつひとつやるしか、今のところはわからんのう。」
山の家へ来て、「・・・夜と昼のちがいもくっきりしとるよの。山は昼間も大事じゃけど、夜も大事。昼はよう働いて、夜はしっかり眠らんとの」
山の家へ出かける時、「こんなに天気のええ日に、出かける場所があって、ほいじゃがオレらは幸せじゃのう」。
ふきのとうみその味見をして、しばらく無言。そのあと「みその味が強くて、最初はわからんかったんじゃけど、そのあと、襲われるみたいにおいしい苦みがくるんよ。ものすごいおいしいのう」。

なおみは武田百合子の「犬が星見た」を辿るロシア旅行という仕事が入るのだが、その旅立ち前。「ワクワクもしているのだけど、小さく空いた穴からすきま風がスースーと吹いてきて心もとないような。おいてきぼりのスイセイがかわいそうなような。スイセイと離ればなれになるのが、少しさびしいような。ひとことでいうと、すっぱい気持ち。」

これだもの。私はなおみさんもそうだけど、スイセイさんのファンになった。スイセイさんが出てくるかと、「日々ごはん」「今日もいち日、ぶじ日記」「高山ふとんシネマ」などを、大人買いしようと思う。

裏表紙の絵がスイセイさんだろう。



by buribushi | 2013-12-16 15:39 | 本・短歌など | Comments(4)

オヤカタ・その日のまえに

ネタ無いときの本頼み。
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娘が持ってきて貸して呉れた本、通称「オヤカタ」など。


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こっちはこっちで、「その日のまえに」「平穏死のすすめ」エトセトラ。


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大好きな作家、武田百合子。



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佐野洋子も大好き。

武田花は武田百合子の子。

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佐野洋子は出ると買い状態。


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食べ物の本は、読み物としても参考書としても。


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沖縄本は棚に4段あり、とは少しどうかと思う。それでも処分もしたのだ。


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宮本常一のもので一番好きなのは、文庫本にある「土佐源氏」。




短歌の本には触れないでおく。



by buribushi | 2013-09-27 09:27 | 本・短歌など | Comments(6)

添削者の罪

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発送前の短歌冊子。
ホームページのほうの画面を写したから不鮮明。
読者投稿短歌を選ぶしごとを受けてから20年近くなる。以前は俳句、川柳と3部門一緒にして、年一回新聞社が冊子にしていたのを、採算が取れなくて中止になった。
ほかの2部門の選者に計ってみた後、自分一人でやることにして、自費出版で冊子を作り始めた。

ある年、「人の作品で本を作って営利行為をしているので著作権法違反で提訴する」という匿名の電話があった。
当時、冊子の定価より制作費の方が高かった。営利行為どころではないが、「人の作品を使って」いることはたしかだ。その年は新聞にも告知を出して貰えず、ほとんど売れ残ってしまった。
次の年から、冊子を作ること、作品掲載の可否を問い、冊子の要る人は冊数を知らせてと全員にハガキを出す事にした。

沖縄の友だちに誤植の多さを指摘され、もっと少ない費用で正確に作れると言うので、沖縄で作って貰うようになった。
予約に従っておおよその冊数を決められる上に、出来たら一斉に送り出せる。誤植はゼロ!赤字も少なくなって来た。あの嫌がらせ電話があったおかげだと、いまは有り難く思う。

投稿者の年齢は上がるばかりだから、投稿していない歌をなんで掲載したかという電話があるなど、老人力がらみの「薬味」はちょいちょいある。

今年のはちとひどかった。注文していない本が来たと電話あり。何月何日にご本人が電話で予約した記録があると言っても記憶にないという。後日男性の声で同じ趣旨の電話。押し売り扱い。
私の費用で作る自費出版というもので、それを予約に従って実費でお分けしている。モウケ仕事ではないと言えば、そんなことは証拠がないという。いろいろコピーして送る。

さらに後日、「息子が失礼しました、局まであるいて行けないので、普通の封筒ですがお金を同封して人に託します」というまともな手紙が来て、お金は入っていない。
疲れるからもうこの話は打ち切るが、お金は入っていなかった、とハガキを出す。
さらに無礼電話あり。なんと言われようが受け取っていないが、現金封筒でないから、向こうの良く言う言葉「証拠」もない。

さっき、やっと思い当たったこと。売れないで残った年の冊子、いまより厚く重いのを(3年分だから)、新しい投稿家を中心に1冊、「おマケです」と書き添えて同封した。
中をよく見ないで、頼んでないのが来た!押し売りだ、となったものか。あとは悪い方へ悪い方へ。電話があったとき、おまけを上げたことを忘れていた私もいけない。とんだおマケだった。

今夜は一人居なのを幸い、心やすい人に、聞いて聞いてと電話する。添削という話になる。添削して貰ったとき、そう言いたかったのだ、どうして私の気持ちが分かりましたか、と言った人だ。

添削で思い出した!もう亡くなられて久しいから話すけど、Tさんの歌を添削ならぬ代作に等しいことをした。
戦地から復員して虚脱状態のとき、友だちが自分でドジョウを取って、ドジョウ汁を煮て鍋ごと運んで来てくれた。有り難くて、美味くて、それから食欲が出て回復し始めた、という話。
それを彼が真剣に歌にするんだけど、省略が出来なくて大幅に字余りになり、何度作り直しても肝腎の所が伝わらない。
こう言いたかったんでしょうと一首にまとめてみた。その通りなんだ!と、いうことで、その歌はTさんの作品と言うことになっている。最後が「・・・食いて生きたり」というのだ。

添削者がそこまでするものではないことなど百も承知ながら、戦争体験を詠い残したい彼の気持ちは本物だったし、彼独特の感受は魅力的だったので、そうした。彼は戦争体験の歌を十数首紙上に遺した。

彼が亡くなったとき、駆けつけたら葬儀は始まっていた。
友人代表の弔辞の中で、Tさんの話を歌にした私の作品が二首読み上げられた。正式な通知はなくてまた聞きで駆けつけたので、私がいることはその人もご家族も知らないのだ。歌をやっていて良かった。歌で人と関わってきて良かった。

酷い目に会った話をぶちまけたくて電話したが、最後に、添削と言うことからTさんを思い出すことが出来て、救われた。

同じ短歌を仲立ちにしながら、人との関わりのこの違い方。命の器、という言葉を思い出した。

Tさんを詠った私の歌(弔辞に引用されたもの)
 身を屈め魚野の川の底を蹴りて浮きて遊びし遠き日言はす
 蹴りつけて浮上なすべき底あらぬ真闇なりしとビルマの海は

また、昔の歌ながら、今の気持ちにもふさわしい歌。
 みずからの器に人を量るよりすべなくて晒すその心根を

楽しい歌もひとつくらいは。
 一歳のチエが指しつつ呼ばふもの猫もワンワン鶏(とり)もワンワン 

このチエ、生い長けて、いまは竹細工師、兼、山古志闘牛の牛持ち(!)になった。人生は善し。


(8月19日書く)



by buribushi | 2013-08-20 08:20 | 本・短歌など | Comments(6)

短歌・添削の時間

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先週の続きで、今度は中学生が実際に作った短歌を一首ずつ自選したものを張りだして、添削をしていく時間。
「定型詩」の詩、の部分はともかく、五・七・五・七・七の定型には納まったものが多く、添削は内容には及べないからさっさと進む。時間が余る。

そうだろうと思って、むだ話の材料をちゃんと仕込んで行った。
オキナワスズメウリの青くまるまるとした実をつけた蔓を1本。届いたばかりのヤマクニブを2本、束から抜いてビニール袋に入れたもの。
それを回して、見たり匂ったりさせながら、沖縄好きの話をする。
一人旅で、よく人に道を聞くが、沖縄の人に聞かなくては意味がない、旅行者の多い土地だが、沖縄の人をちゃんと見分けて道を聞く。見れば分かる。
遺伝子もあるだろうが、使っている、土地の言葉が風貌を作る部分があると思う。共通語に近くなっている子供や若い人には見分けのつかない人が多いから。

国語、というより「日本語」をもっと身につけよう。言葉が豊富になれば自分を表現も出来るし、人の表現、本や話なども理解できる。手持ちの言葉が少ないと、人の話も何処が分からないのか分からないままになってしまうのではないか。本を読もう、いろんな本がある、面白いよー。

感情を抑えられなくて爆発する、キレるということがあるけど、あれも言葉を使って考える、理解する、表現すると言うことができないからだ。最近いい年をしてキレる人の話が報道されるけど、あれはあの年で日本語が十分でないということで、ハズカシイね。

皆さんが私よりよく知っている、「今でしょ」の林先生が、いわゆるツッパリの子ばかりを相手に授業する番組を見た。小説「雪国」の話をして、あらすじだけでもこんなに面白い。実際に読めば、細部の表現のすばらしいこと、面白いこと。
本を読まない、言葉や文字を知らなくて使えないことが、生きている上でどんなにソンをすることになるか、というような話で、心を動かされ始めた子の顔つきがだんだん変わるのがわかった。
これからは本を読もうと思った、と言う子など、ほんとにいい顔になっていた。本を読むと、変われるよ。等々。

ベルが鳴ってから、女の子が出てきて、ヤマクニブをもう一度嗅がせて、という。大好き、おいしいような、初めてなのになつかしいような、匂い。という。上げたかったが、その子一人にあげてはえこひいきかな、と思って上げない。あとで先生に渡して来た。
あの子はとてもよく本を読むんです、ということだった。

みんなが面白くもないのにがまんして短歌を作らされる勉強より、こういう話こそ、したいんだけど。

それと、新潟地震のとき、停電になったらご飯が炊けなくてお粥を食べていた人があったが、電気釜が無くても、鍋があればご飯は炊ける。ボールにお皿を載せても炊ける。ガスが出なければ火をたけばいい、火の焚き付けかたは云々。食べられる草は云々。おむすびの仕方は。
と、いうようなことを、体験つきで話せたらどんなにいいだろう。



by buribushi | 2013-07-18 07:18 | 本・短歌など | Comments(17)

短歌の時間

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今年も年一回の短歌の時間。私がすでに投稿を始めていた年齢の中学2年生だ。その年齢差、62歳なり。

話し始める前の準備運動?に、このブログで累計読者の一番多い「塩洗髪」の話をした。



by buribushi | 2013-07-09 07:09 | 本・短歌など | Comments(10)

江戸のくずし字

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厚さ2センチほどの和綴じの本があって、中は全部手書き。書き慣れたらしいきれいな文字でほとんど直しもない。
まるっきり読めなくはないので、ところどころ読んでいると、なんか、全部読んで見たくなる。何が書いてあるんだろう。

書き出しが「有為転変の世の習へ」とあるので、ここまででもう、書き手は越後の人とわかる。
「世の習ひ」の、「ならひ(ナライ)」を「ならへ(ナラエ)」と書いたのだ。

「江戸のくずし字いろは入門」という本を買って来た。古文書の読み方の本だけでも随分いろいろあるものだと分かったが、古文書というほどのことも無さそうだし、ところどころ読めるし、これでいいだろう。バッグと傘を床に置き、しゃがみ込んでゆっくり選んで来た。

ほかに(またしても)、ひろさちや・中村仁一「死は大事な仕事・しっかり死ぬということ」を買った。臓器移植の話、老いは病気ではない話など、はげしく同感。

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by buribushi | 2013-04-12 16:16 | 本・短歌など | Comments(2)

池田晶子「人生のほんとう」より 加齢についてメモ

年をとりたいとか、とりたくないとか人は言いますが、そういうのは要するにただの観念です。加齢を肯定するも否定するも、頭で言ってるだけのことであって、加齢するということは、生きていることそのものとしての事実、端的な事実であって、これについては肯定も否定もできませんね、当たり前ですが。
したがって、その意味で、年齢とはわれわれを超えた実在であるといえる。年齢がわれわれを超えた実在であることに気がつく。(略)つまり年齢は、意識されている自分を超えた何ものかであるということです。
これは、人生それ自体の不思議であります。わざわざ言うのもおかしなことですが、誰にとっても生まれたのは初めての経験ですよね。生きるのが初めてなら、子どもを産むのも育てるのも、年をとるのも死ぬのも、全部初めての経験ですよね、人生というのは。
だとしたら、ここで、老いることばかりが否定的に捉えられるのは変だと思いませんか。初めての経験の青春にワクワクしたように、初めての経験としての老いることになぜワクワクしないのか。老いとは、未知である。われわれは、それがどんなことなのか、誰も知らないわけです。経験していないことというのは、本当はすごく魅力的なことじゃないでしょうかね。(池田晶子『人生のほんとう』より)


池田晶子著作
「人生のほんとう」
「魂とは何か さて死んだのは誰なのか」
「私とは何か さて死んだのは誰なのか」
「死とは何か さて死んだのは誰なのか」
「残酷人生論」
「人生は愉快」



by buribushi | 2013-03-18 12:51 | 本・短歌など | Comments(5)

中古本 「土佐の日曜市」

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行って見たい場所が出来て、本を見つけてお勉強。地方新聞社の出版した本がいながらにして手に入るのもありがたい時代である。



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土佐ではポピュラーな山菜だというイタドリも見える。
お店の番号順にその場所を探せる地図も入っている。



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特産の文旦。人参の紅さに驚く。
くじら饅頭のクジラの焼き印は、店主の若い女性が自分で図案を書き、鍛冶屋さんに作ってもらったのだという。
もぎたてつやつやの葡萄に葡萄の葉が一枚載せてあるのもこころにくし。



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本文では、扱い品目とちょっとしたエピソードをお店番号順にひたすら紹介している。単調のようだけど、これが見飽きない。
取材の時期は一年中にわたっているから、ここに出ているからと言ってトマトと赤芽芋が同じ時に買えるわけではないし、手作り鮨がいくら美味しそうでも暑い時期は休みだし。それはちゃんと承知して行かなくては、などと、すでに行く気まんまんになって来た。

新潟-高知の直行便はないが、ちょっと見たところでは伊丹で乗り継いで、乗り継ぎ割引で2万4千なにがし、というのがあった。ビジネスホテルは例によって?3千円台からあった。



by buribushi | 2013-03-18 09:57 | 本・短歌など | Comments(12)

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