おしゃべりきものⅡ-または、おしゃべりねこ

カテゴリ:本( 90 )




木皿泉「二度寝で番茶」を読んだ

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脚本家・木皿泉は和泉努と妻鹿年季子夫妻のペンネームで、彼らの対話集(という名のエッセイ?)が「二度寝で番茶」。
大好きな高山なおみが、彼らの書いたテレビドラマ「昨夜のカレー・明日のパン」で料理監修をしたという。そのドラマは見なかったが、高山なおみのブログ「ふくう食堂-日々ごはん」がテレビの仕事で忙しくて長く更新されなかったりして、だんだん関心を持った。

はじめて読んだ木皿泉作品「二度寝・・・」はめっぽう面白かった。
脳血管の病気をして介護の要る身らしい「大福ちゃん」(和泉)と、「かっぱさん」(妻鹿)の対話。
大福ちゃんが、介護を受けていることを一生かかっても返せない、世話になりっぱなしはつらい、という。
かっぱさんは、お金に換算するから辛いんで、立場が違えば大福ちゃんだって同じ事をするでしょう?来世でその恩を返してくれればいい。
大・あ、来世ね。-え?来世もボクたち一緒なの?
か・もし、カマキリの夫婦にうまれ変わったら、私うっかり大福ちゃんを食い殺してしまうとおもうんだよね。だから、それでチャラということで。

とか、
か・しょっちゅう会ってて、しかも一緒に仕事してると、損だとか得だとかいうことを日々心にためこんでいく。しんどい。
これは趣味だと思おう。趣味なら時間がかかったり、ムダでも許せる、楽しい。私の長年の智慧というか、発明。大福ちゃんが私の趣味というのは(要約)。
とか。

かっぱさんは更年期に、涙が出て出て1日10時間くらい泣いていた。薬を飲んだら15分で効いた、という話も出て来る。
-昔、わたしも、あまり効いたので、私の心のことを薬ごときに自由にされてたまるものか、と、二日目に捨ててしまったことがある。

かっぱさんが仕事で上京、大福ちゃんは三日間ショートステイに行かされる。彼が見ていると、みんなでするリハビリにゼッタイ入らない年寄りがいたりして、それ、もしかして私かもしれない。

なおみ・スイセイ、カト・アム(エゾアムプリンの)に続いて、またまたこんな垂涎もののカップルを見つけてしまった。わたしにはみんな、なおみ繋がりよ。
小説なんか、読んでいられない。人間は、限りなく面白い。



by buribushi | 2015-01-17 22:00 | 本・短歌など | Comments(2)

女と柿の木-宮本常一の本から

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「忘れられた日本人」「塩の道」「ふるさとの生活」など、宮本常一の本は好きで読んでいたが、「宮本常一とあるいた昭和の日本」25卷。「宮本常一講演選集」8卷。など、ゆたかな宮本常一持ちになったのは、言葉は悪いけど、押し売られた、そのたまもの。

いい本をつくっている会社なのだが、売り方をやや強引に感ずる。いや、そのおかげで、自分で本屋へ行って買ってくるとは思えない本を揃えて読めることになり、結果としてはありがたいのだが。

どういう売り方か、って、営業の人が、真夏であろうが寒い風の吹き荒れるころであろうが、東京からバイクでやって来る。
それも、一番小さい、この辺りで通称とっちゃんバイク、トツバイなんて呼ばれる50ccのバイクで。
そしてじんわりと粘られると、うーん、仕方ないか。それで、支払って貰った、多くもない原稿料のいくばくかは本代として、月々また還流されることになる。

いま読んでいる、講演選集5巻には、1978年(昭和53年)に宮本常一が山古志村、いまの長岡市山古志に来て、四日間で七箇所の会場をまわるというハードスケジュールで語った「活気ある村を作るために」が載っていて興味深い。
山古志はその後、中越地震で大きな被害があったし、宮本常一は亡く、この話のなかのどれだけが実現したのだったろうか。
その部分はまた。

むかし、ある地方で、嫁入りに柿の木を持参して、嫁ぎ先に植える習慣があったという。
それでその田舎には家毎に柿の木があった。柿は、青い実からは渋を採り、熟して来れば柿酢を作り、干し柿にしたし、渋を抜いて甘いおやつにもなった。
その女性が亡くなると、彼女の柿の木の枝は火葬の燃料に加えられた。渋柿の植えられる地方の名が列記されている。

はっとする。干し柿か、さわし柿、熟柿として食べることしか考えなかった。
来年は柿渋を作ろう。瓶もいくつもある。作り方など、今どき、ネットで知ることが出来る。柿渋があれば、布を染める事が出来るし、木に塗ることも出来る。
今年は、干し柿を作りはしたが、取り残して落ちてしまったのもあって気がとがめていた。
柿の葉茶と、柿渋作りを来年の私の仕事の一つとして掲げて置く。



by buribushi | 2014-12-05 08:36 | 本・短歌など | Comments(2)

「ドングリの謎」を読む

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ドングリはミケさんから頂いたマテバシイの実、ずいぶん大きい。一つ量ったら7.5グラムあった(弥彦で拾ったシイノミ-たぶんスダジイ-は1.5グラムくらい)。
さてこれをどうやって頂こうか。ドングリをクッキーにしたミケさん、チョコレートコーティングしたミミの父さま、縄文人なかまはいろいろやっておられる。

ミケさんが参考にしたという本は、ゲッチョ先生こと盛口満著「ドングリの謎」で、私も文庫本を手に入れた。
ドングリ豆腐なるものを作って食べる地方があるそうだ。「ドングリの謎」を読んだら、ドングリから澱粉を採り、それを煮ながら練って、固めた、胡麻豆腐やくず餅のような作り方だとわかった。
韓国にもドングリ豆腐があって、いまはそのもとになるドングリ澱粉が食材店で手に入る話も出ている。


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ゲッチョ先生、いまは沖縄に住んでいて「珊瑚舎スコーレ」の先生だという。
沖縄旅行中に、縁あって珊瑚舎スコーレで安里英子先生の授業を聴講したことがある。それで、私の中では「どんぐり」「沖縄」「珊瑚舎スコーレ」という輪っかが出来た、と、いうはなし。



by buribushi | 2014-11-06 19:55 | 本・短歌など | Comments(6)

弥彦公園、師の歌碑のことなど。

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秋晴れの弥彦公園で、何をしてる?


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何をしてる?


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椎の実を拾っている。
ここの公園には椎の木が多く、いまごろはその実が降る時期なのだ。
ざわざわと風が吹くたび、新しく実が落ちてくる。こつんと頭にあたったりする。


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弥彦と言えば師の歌碑。
師の没後十数年で、わたしは43年属していた短歌会を去った。それからでももう十年以上経つ。
(5行削除)

当時を知る人も多く故人になり、師の没後入会した人が多くなり、歌碑建立前後のことなど、もう知る人もほとんどいないだろう。わたしは忘れない。

瑠璃色の珠実をつけし木の枝の小現実を歌にせむかな

と、いうのが師の歌。
(2行削除)(2行追加)

会を去った気持ちなど、語り尽くせない。飲んでも飲んでも渇きは止まらず、飲み尽くせない水を飲んで、八郎は大蛇になり、八郎潟の主になったのだったね。



by buribushi | 2014-10-17 17:13 | 本・短歌など | Comments(8)

沖縄語辞典を書き写す

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国立国語研究所編の「沖縄語辞典」を持っている。
奥付のところに、ペンで小さく2001・7・2 那覇・文教図書にて と書いてある。
沖縄へ行き始めてまだ2年の、しかも誕生日前日。自分への誕生日祝いに買ったのだろうが、くわしいことは忘れてしまった。

共通語にはない発音もあるからだろうか、ローマ字と発音記号で表記されていて、読みやすくはない。思い立ってノートに書き写し始めたのはいつごろだったか、書くときは何ページも書くし、何ヶ月も書かないこともあるから、まだ終わっていない。


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書き写しの良いところは、読むだけよりよく覚えられる。
船から下りてもまだふらふらして、地面が動いているように感ずることを、「ジーブネーイ」(地船酔い)と言ったら、沖縄の人に知らなかったと言われたが、それも書き写しで覚えたのだ。

もう一つ、言葉の意味だけでなく、用法が例文で出ているのも面白い。
 かちゅん(自)勝つ。勝る。すぐれる。
 「じんぶのー ねーんしが かーぎー かちょーん」
 (才能は無いが 容姿はすぐれている)などと。

 くまー まーやが わんや たーやが
 (ここはどこ わたしはだれ)は、応用問題として私が考えた。



by buribushi | 2014-04-11 22:33 | 本・短歌など | Comments(4)

なおみとスイセイ

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昨日買った「諸国空想料理店」は、吉祥寺の「諸国空想料理KuuKuu」という、かつて実在した料理店のシェフ(料理長)だった高山なおみの最初の本らしい(1995年刊)。
店は2003年に閉店したが、その前になおみは店を辞めて、料理家・文筆家として歩き出している。
この本に、ムンバイ(ボンベイ)の南、アラビア海に面したビーチで、キャンプ生活をしながら「そこで暮らす」ひと味違う旅をしたことが出てくる。
それはスイセイと結果的には結婚生活をシュミレーションしてしまった地だった、とある。
お互いに結婚していたことのある人どうしの、新しい出会いの後だ。

ずっと後、何冊目かの「日々ごはん」の中で、買い物を載せたキャリーを一人は引き、一人は押して3階の自宅に着いたとき「問題はおれらが年取ってからどうするかじゃの」とスイセイが言い、それをなおみは「おれらずっと一緒にいようの」と言われたようだとときめくところがあった。

世の物語は「そして二人は結ばれました」めでたしめでたしと終わる。そこから修羅がはじまるのに、と言った人があった。わたしも、ほぼ、同意見である。それなのに。

スイセイとなおみのことは12冊ある「日々ごはん」に、それから「今日もいち日、ぶじ日記」「明日もいち日、ぶじ日記」へとつづいて、どんな恋物語より心を惹く。
帰るところのないのら犬どうしが寄り合ったのだ、とスイセイが書いていた。お互いがやりたいように生きて、相手に踏み込まない、と言っていても、お互いがあってはじめて出来る生き方だということは「日々ごはん」にたくさん出て来る。

なおみがコマーシャルの仕事で中国へ何日間か出張する事がつづき、スイセイの留守日記が挟まれて、一人になってのすごい食生活(デタラメに食べたり、ほとんど食べなかったり)や、「みいは出かけた。もう帰って来ない。ことはない。」などという記述。

雑誌クウネルの始まった頃、スイセイについて書いたなおみのエッセイが載っている、という。その号をネットで買ったのに、何処にも乗っていなかった。読んで泣いた、という人の記憶が違っていたのだ。クウネルの2号ではない、5号に乗っている、という情報も丸飲みにしないで、焦らずに出会うのを待とう。
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なおみの料理本。作りやすい、美味しい料理がたくさんでている。
料理本ではない、「日々ごはん」の何処だったかで、マーマレードの作り方を見て、何十年来のやり方でなく、なおみ式で煮て見た。友だちの庭に実ったものだったことと両方良かったのだろう、すてきに美味しい。そして、より簡単。

別のネット友だちが、雪で枝が折れた、と言っていた夏みかんをくださるという。なんと嬉しい、もう一度、なおみ式に煮て見て、レシピを書き替えることにする。

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すぐのめり込む癖があるのだろう、去年から今年に掛けてなおみ本を読んだ読んだ。出ている本の大半とは言わないが、随分読んだ。あんな生き方、他で見られないもの。目を放すわけにはいかない。
「ぶじ日記」に紙片が挟んであるのは、スイセイの言葉をチェックしたのだ。「ほいじゃが・・何々じゃのう」と広島弁で押し通す。


追記。
クウネルの2004年1月に出た号、表紙写真を拡大して見て、「料理家高山なおみ 夫との日々」という文字があることを確かめて発注した。本代262円、送料250円。



by buribushi | 2014-02-13 18:00 | 本・短歌など | Comments(0)

遠き日の

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1月18日に続いて、私の歌と、同級生のマーチャンの書を。

 遠き日の恋にたぐへし人ありき冬の桜の風にふるふを



by buribushi | 2014-02-08 08:02 | 本・短歌など | Comments(7)

添削出来る作品を持って来いってんだ

テレビの番組で、タレントの作った俳句を先生が批評し添削するというところがある。
ずばずばものを言う人で、添削のしようがない(ほどひどい)作品に、「添削できる俳句を持って来いってんだ」と言ったのを見ていっぺんにファンになり、何回か見た。
それ、言えたらいいなあ。「添削できる歌を持って来いってんだ」

何回かみていて気がついたが、その先生、毎回同じきものを着ている。地味過ぎるほどのグレイ系の細かい柄の織物、または織物ふうの模様のきもの。帯や小物は替えているかも知れない、こんど気をつけて見るよう、帯を覚えておいた。お化粧していない、髪型も印象に残らない程平凡。
あれが、よくお化粧をして、毎回きものが替わったりしたら、毒舌もまた違う感じに受け取られるだろう。先生はかしこい。人気があるそうだ。
でも、たまに違うお召し物の姿も見たいと思うのは欲張りか。

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1951年に、14歳の私の歌が一首載っている歌誌と、人に話をするときの参考にする入門書いくつか。
この歌誌へ投稿はしていない。雑誌に投稿して一首載ったあと、そのハガキのなかの別の一首を選者が主宰する歌誌に載せ、入会を勧める文書と一緒に送られてきた。入会はしなかった。
自分で師を決めたのはそれから9年後になる。



by buribushi | 2014-02-02 02:02 | 本・短歌など | Comments(12)

イブ・モンタンは幾度恋せし

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高校の時、寄宿舎の同じ部屋で寝起きしていたマーチャンは書をやっていて、私の歌集から作品を書くことがよくあるらしい。
それを展覧会に出した額のまま送って貰ったものが3点ある。どれもすてきだけど、気がついたらどれも恋の歌。イブ・モンタンの恋であり、人の詩のなかの恋であり、もうひとつに至っては、私が山へ行き、花の「二人静」の咲くのに出会った歌を、二人静の咲く日に私が人と出会ったと、マーチャンが思ったらしい。
残念でした。マーチャンも私も、そちらは実り乏しかったね。

フランスの歌手イブ・モンタンが亡くなった時の新聞記事に、私は充分によく生きたと語った、とあったのを読んで出来た歌。
その時すぐ、充分によく生きたと言える人は、一生にいい恋を、何度したんだろう、と思ったのだった。

私はマーチャンに報いていないなあ。
あの土地を出てから一度も会っていないなあ。もう五十余年になる。



by buribushi | 2014-01-18 13:18 | 本・短歌など | Comments(6)

「猫なんかよんでもこない。」

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「ネコ本」を見つけた。娘②の誕生日は過ぎたが、プレゼントにいいだろう。
本人に聞いたら持っていないとのことだった。立ち読み防止のビニールがぴっちりと巻いてある。
彼女が読んでから貸して貰おう。

さっき湯たんぽを拵えて布団に入れに行ったが、私の布団に入れて、布団が少し捲れていたのを直そうとあおったらピースが転がり出た。この冬初めて私の所へもぐったのに惜しいことをした。
洗濯ネットに入れてぎゅうぎゅう抱っこしたり、診察台に載せて抑えたりしたのを少しも根に持たないで頭をこすりつけてくる。



by buribushi | 2014-01-09 21:35 | 本・短歌など | Comments(6)

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