おしゃべりきものⅡ-または、おしゃべりねこ

カテゴリ:本( 98 )




活字中毒の乱読家

とはわたしのことだ。
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 右上、渡辺京二の石牟礼道子論集成「もうひとつのこの世」何回も読んだ。その左石牟礼道子「水はみどろの宮」珍しく童話仕立ての物語、ふしぎの世界、読了。
 その左、斉藤成也「日本人の源流」読みかけ。その左、宮里綾羽「本日の栄町市場と、旅する小書店」読了。まさこさんのおきなわ土産に頂いた。

 右中、土井喜晴「定番料理はこの一冊」何回も読む。いま一番信頼する料理家の本、ほかにもこの人の本あり。その左、篠田謙一「日本人になった祖先たち」未読。その左、大川周明「日本二千六百年史」序文のみ読む。その左、池内紀「すごいトシヨリBOOK」読了。
 
右下の段、順に、丹羽宇一郎「戦争の大問題」読みかけ。丸山惇士・佐藤則幸「脱パンツ健康法」再読。娘に借りた。ちゅら「それ、いらない」再読。何冊目かの片づけ本。養老孟司「遺言」読了。本とは関係ないけど、私が似ている(顔が)と言われる唯一の有名人。

 何とまあ脈絡もなく、のようだけどわたしにはみな必然。内容はぼつぼつ紹介しよう。



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by buribushi | 2017-12-11 16:40 | | Comments(4)

冬虫夏草-家守綺譚その後の物語

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梨木香歩の「家守綺譚」を読んだときもここに書いたと思う。
物書きの綿貫征四郎は、湖でボートを漕いでいて行方不明になった友人、髙堂の親から、家の守りを頼まれて住み込む。
床の間に、水辺の景の掛け軸があったが、風雨の過ぎたある朝、床の間からキイキイ音がして掛け軸の風景の中からボートが近づいてくる。髙堂だった。それから時々髙堂は絵の中から現れ、去って行くようになった。
稿料が入って肉を買った日、どこからか犬が着いてくる。その日も髙堂が現れて、犬にゴローと名付けた。
隣のおかみさんは犬好きで、日に一度は犬にやって、とご飯を持って来てくれる。犬なら一緒くたにしていいところ、わざわざご飯と味噌汁は別に盛ってあり、犬を養うどころか征四郎の方がご相伴にあずかっている。
ゴローは犬を飼うことを許されたかった髙堂が、隣の犬をかわいがっていた、その犬の名だということもわかってくる。

池の水からすくい上げたら一枚の皿になっていた河童を、和尚の教えで河童の生まれた村の滝壺へ返しに行くのはゴローが引き受けて、風呂敷に包んで首に掛けて貰い駆け出した。河童と鷺が争っていたときはゴローが仲裁したらしい。
百日紅に懸想される、とか、白木蓮に落雷したら木蓮が孕み、小さな竜が生まれて昇天したり、池に鮎の人魚がいたり、狸が和尚に化けていい法話をしたり。
満月の晩にさまよい出て、野に寝ようとしたらばかにさわがしい。髙堂が現れて、寝るのは少し外れた所にしろ、という。ここは人が死んだらどこそこへ埋めてくれ、と願いたくなる、そういう場所だという。
ゴローはしっかり寄り添い暖かかったが、寝付かれず、月が傾くまで空を見ていた。
ある日はこちらの身の丈を越す大きさの鳶が来て、その羽の下からゴローが出てきた。河童と鷺の争いを仲裁してから、ゴローは知られた仲裁犬として、鈴鹿山までも行くらしい。

と、いうような話が家守綺譚。
長くなりすぎるから「冬虫夏草」はまた今度にするが、外出したきり帰らないゴローを探しに人里から「結界なき山奥」まで歩きに歩く。その間にまた、河童の子と知り合いになったり、イワナ夫婦が営む宿に泊まったりする。
終わり方のすばらしさ。やっとたどり着いた山で、向こうの斜面に動くもの、鹿じゃない、兎じゃない、あ、犬だ、ゴローだ。ゴローと叫ぶとぱたりと立ち止まり、こっちを注視、あっという間に駆け下り始めた。滑り落ちる、水に飛び込んで泳ぐ。茅野原は姿が見えないが、茅が動くので何処を走っているかわかる。ついに茅を抜けた。ゴローだ!来い、来い、ゴロー、うちへ帰ろう。

この結末が嬉しくて、何度も読む。作者はここを書くとき嬉しかっただろう。
大事な山場をばらしちゃったけど、推理小説じゃないからいいよね?




by buribushi | 2017-10-25 16:05 | | Comments(10)

「余談ばっかり」-司馬遼太郎作品の周辺から-をまた読む

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 司馬遼太郎作品の周辺から と副題にある、「余談ばっかり」(文春文庫・和田宏著)を読み返したら、前には気に止めず読みとばしていたのか、あらためて気が付いたところがあった。  
 司馬さんはある講演で、「どんな組織でも出来てからほぼ四十年で古びて、懐中電灯の電池が切れるようにスイッチを入れても点かなくなる」と語っているという。
 これは日露戦争のことを言っていて、つまり維新からかろうじて四十年になるまえに起きたことだから、まだ組織がうまく作動した。ここから電池が切れだした、ということだ。

 東北大震災時の東京電力福島原子力発電所は稼働して四十年。震災の被害もあるが、その組織の混乱ぶりは記憶に新しいであろう。この指摘は生きつづけている。
 
 という部分のこと。
 私はある集団に42年間ほど属していた。終わりの3年ほどはもう、いつ止めようかと思い暮らした。
 1953年に発足した会に1960年に参加した。1986年に師が亡くなられた。率いられたのは40年にまだ間のある33年間だったのだなとあらためて思う。
 その会で、1982年、83年と続けて二つの賞を受けた。師は病気のためその後出席がかなわなかったので、師のお手から直に賞状を受け取った最後の者となった。46歳だった。
 その時、師が不自由な手で生け花から抜き取って私に下さった赤いカーネーションは、長く書架にあったが乾ききって粉々になった。と、いう、人生最大の自慢話を臆面もなく、して置く気になったのは、この「四十年電池切れ説」に気が付いたため。
 会員として直接教えを受けたのは26年間だった。その前に新聞投稿をしていたころ、懇切な評は他の誰も知らない私の心を衝いて、一人号泣した。



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by buribushi | 2017-08-02 08:02 | | Comments(4)

宮本常一「家郷の訓」(かきょうのおしえ)ほか

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 民俗学の宮本常一(1907-1982)は、広島湾と周防灘の間にある「面積十方里ほどの島」の、人家100戸ほどの山口県白木村に生まれた。田畑はあるが、いのちを養うにはやや足りない。出稼ぎに出る人も多かった。盆暮れに帰るだけの長期の出稼ぎや、秋仕事・米の取り入れから麦まきまで、一日米一升の賃で働き、米一俵を持ち帰る、という働き方もあった。
 宮本は17歳で大阪へ出て、小学校の教師などしたあと、30代から民俗学の研究に入った。日本中、彼の足跡の無い処はない、と言われるほどよく旅をし、聞き書きをした(山古志へも来て、村の将来のことなどいろいろ語り合っている)。

 彼は幼い頃から祖父が田畑へ行くのについてゆき、野山で遊んだ。たまに草引きなど手伝うと「お前が草一本でも引いてくれればそれだけわしが助かる」と喜ばれる。
 祖父は山葡萄や野いちごなどよく見つけて食べさせて呉れたし、野山で食べられるもの・たべられないもの、薬になる物ならないものなど教えて呉れた。夜は肩を揉ませながら尽きない昔語りをした。

 故郷の外から見る村の変遷はよく目についた。年に2,3度の帰郷のたびに村人の話を書き留めた。「けだし話し好きは私一人ではなくて村人一般の性向で、人びとは喜んで私に語ってくれた」とある。
食べ物のこと、着るもののこと、季節の行事、村人が自他を律する様々のきまりごと、などなど。
 他の土地のことをよく見聞きし、それを教えてくれる人を「世間師」という言葉があったそうで、宮本を「いい世間師だ」と感嘆する老人のこともどこかで読んだ。

 波や風の音について語ったところも印象深い。「静かな海に突然ドサリと波の音がする。やや間を置いてまた一つする。」そういうときはきっと暴風雨になる、とか、「ドサリドサリと規則正しく波の打ち始めるときは北風になる」春2月になると「ジャボジャボジャボジャボと小さくやわらかなな波音に変わってくる事がある。東風が吹きだしたのである」など。海に石を投げてあそぶと、遠くでジボン、と音がした、ともあった。


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 〇文協の営業の若者は、男も女も、このあたりでトッチャンバイクと言う50CCのバイクに乗ってくる。炎暑の夏も、雪交じりの風が吹く日も。私はそれを、東京からはるばる、三国峠(いまは三国トンネル)を越えて来るのかと思っていた。大きい車にバイクごと乗ってくるのだと知ったのは近年になってからだ。私のような単純な客はそう無いことだろう。
 全集物を揃える趣味はないのだが、いくらかの原稿料をもらっている弱み?の上にトッチャンバイクにほだされて、、全都道府県にアイヌをくわえた50冊近い「食生活全集」や、分不相応の「農書全書」まで買った。「食生活・・」は弟に貰ってもらったり(新潟県、岐阜県、沖縄県、アイヌ、だけはその後買い直した)他は古書に出したりして手許に無い。
 もう、図書館や〇マゾンなどに目もくれず、自分の本を読み返せ。



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 梅干し用の無農薬の梅を買うという娘に、私の分も頼んである。
キリヤさんにとてもいい県内産の梅が出ていたので、取りあえず2キロ、漬けた。この分の紫蘇はうちの一人生えで間に合うだろう。
朝から降ったり止んだりの雨、蒸し暑い。胡瓜の背丈がぐん!と伸びた。

今日も軽トラで2回、焚き物を運んで下さった。



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by buribushi | 2017-06-30 16:29 | | Comments(6)

中野翠「この世には二種類の人間がいる」二度目

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 去年の3月に一度、図書館で借りてこの本を読んでいる。
 人を二種類にぱっぱと仕分けて、言いたいように言っていて、しかも自分はどっちか、たちどころに分かるのがほとんどで、痛痒いならぬ「痛面白」かったんだけど。

 前回、どうしてこれに気がつかなかったんだろう、「それはうたう人とひねる人だ」。
 短歌は「うたう」。俳句は「ひねる」昔から使い分けていて、短歌にひねるは妙だし、俳句にうたうは似合わない。その似合わなさっていったい何なんだろう。

 好きなのは、「私の場合は、はっきりと俳句だ。理由は簡単で、短いから」「もしかすると理由はもう一つ、自分でも時どき理解に苦しむ、へんてこな羞恥心のせいもあるかもしれない」と、作者は書いている。
 あるとき友人が歌集を貸してくれた。その場でめくって見ると、型破りで口語的。くだけた調子だけれど、死や孤独がむき出しに迫ってくるような歌が多かった。
 数日後、「中野さんのこの間の一言、けっこうこたえた」と友人が言う。歌集を返すとき、「どの歌も、わたし最後に なあんちゃって とつけたくなるよ」と感想を言った、というのだ。

 そんな心ない、ふざけたことを口走ったのか、自己嫌悪におそわれるが、いっぽうでわれながら正直な感想だったなと思う。
 「たいていの短歌はわたしを照れくさくする。好きな歌でも、「-なあんちゃって」と照れかくしフレーズを付け加えないと自分の心の中でおさまりがわるいのだ」
  ここで、大ヒットしたある歌手の歌のことを持ち出している。「なぜあの曲を、あの歌詞を、あんなにも思い入れたっぷりに歌いあげるのか、まるでわからない。世の中には二種類の人間がいる。あの歌いっぷりに酔える人と酔えない人だ。」
 「固定観念だけで言うのだが、短歌好きは歌舞伎好きやオペラ好きにリンクしやすく、俳句好きは落語好きやジャズ好きにリンクしやすい。」

 ここまでくるとさすがに、中野翠の観念の中の「短歌」が分かって来るのだが、さらにダメ押しがあった。
 彼女自筆のイラストで、和服姿の女性が思い入れたっぷりの顔でペンを持っていて、傍に「うたう人って、キモノなら一竹辻が花、花なら胡蝶蘭なんか好きじゃない?」「そうでもないか」と書いてある。

 ここに至って、わーっと叫びたくなる。
 こんな事を言う中野翠も腹立たしいが、そう言われても仕方のない歌もまた世の中に多くて(きっとその方が多いことだろう)それが一番いやなことなのだ。

 私自身のことを言えば、歌舞伎より落語。音楽には弱いがオペラよりは断然、沖縄の「音」。キモノなら紬で、それも洗いを経過してしんなりしたのが好きだ。花は単純素朴、に、好きなのが多い。宝くじ当てたって辻が花なんか着るもんか。

 「紬」の歌は添削で活かせるが、「辻が花」の歌は作者が自分に酔っていたり、演出していたりして、手をつけられない。そういうのを見て、「短歌は」と括って貰いたくない。そういう短歌が、短歌に間違ったイメージを与える。ぺしっ(ねこパンチ)。

 「なんちゃって」のつけようがない、本物の短歌を中野翠に読ませたい。ふう。

追記。近頃、俳句はいさぎよい。短歌は饒舌さがある。俳句をやっておれば良かった、と思う事がある。六十六、七年の手遅れだけど。




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by buribushi | 2017-06-22 16:36 | | Comments(9)

ジローブーチン日記、70年後の読了

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 2012年の11月、このブログに、北畠八穂の「ジローブーチン日記」をもう一度読みたいと書いた。
 昨日、未知の方からの書き込みで、ウェブ上で読めるという。なぜかURLが送れないので検索で、とあった。
 国立国会図書館の蔵書が読めるのだった。次へ、次へとページをめくるように読み進み、読み終わる。
それで解ったのは、私はこの話を読み終えていなかった。
 前半、ジローが仲間達と「サマルカンドノマルキゴヤ」「ムギメシナヅケトロロジル」など、12文字で自分の通称?を作るところや、その名前。エープリルフールのブーチンのいたずらをじいちゃんが気づかず、ブーチンが川水を汲みこんで沸かしたお風呂を喜ぶところなどハッキリと覚えているのに、後半ウミスズメという謎の人物が出て来て重大な役目を果たすのに、そこからはまったく記憶にない。
 
 多分、学級文庫に私費で買って下さったM先生のご転勤で、「銀河」を途中までしか読まなかったのだ。
 10歳の時から70年経て、通して読むことが出来て大変有難かった。
 戦争末期に辛うじて日本へ送り返されたジローとブーチン、それは結局そのまま両親と兄との別れになってしまうという辛いはなしなんだけど、後半、海へ出て行ったウミスズメの置き土産のピアノが届くなどメルヘンっぽくなった。子どもに読ませるのだからなあ。10歳の時終わりまで読めたらどう思ったことだろう。

 ここへ写したかったURLはなぜか、やっぱり移せなかった。
「国立国会図書館デジタルコレクション」へ行き、「ジローブーチン日記」を検索すれば読めます。








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by buribushi | 2017-06-15 13:07 | | Comments(8)

茄子のおこうこ-「粘土のお面」に出てくる食べ物

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 ものが食べられない時、食べ物のことを読むのが慰めになることがある。
 何回も本の整理をしたのに捨てかねている、豊田正子「粘土のお面」は、書き込みによれば1958年、私が16歳の時買った文庫本(定価60円)。

 ブリキ職人の父ちゃんに仕事がなくて、正子は夏休みに「口減らし」のため母親の郷里、草加の伯父の家で過ごした。学校の日記帳を包んだ風呂敷を右手首に結び、左手には新聞紙にくるんだ十二、三銭を握って、東武電車に揺られ、昼近くに草加に着く。
 迎えに来てくれた従姉の「おすちゃん」に、「早く家へ行って飯食うべや、腹へったんべ」と言われて田の中の道を歩き、冷たい井戸水で顔を洗わせてもらってから、大きな味噌むすびを三つ貰う。

 その晩、畑から帰った伯父さん達、もう一人の従姉妹のおくまちゃん、と食べた夕飯は、「盥のような」おひつに入ったご飯と、茄子のおかうこ(お香々、漬け物)、鮒の焼いたの。鮒は庭先を流れる小川でご飯粒を餌に自分で獲るのだ。

 お盆が過ぎた頃(半月経過、)おくまちゃんが庭の梨の木に登って実をもぐ。ふところにいれ、入りきらないのは咥えて下りて来たおくまちゃんと分けて囓る梨。
「皮を襟にこすっては食べ始めた。小さくて青みがかっていたけれど、しゃきしゃきして水っぽかった」
 その梨の美味しそうなこと。

 米が無いので、十銭で十本買って来て蒸かしたほくほくしたいも。
 ザクザク切った菜っ葉と醤油だけのお汁にもちを入れた雑煮。
 父ちゃんと分けて来た弁当のおかずのイワシの味醂干しと茄子のつけもの。それをまた、醤油を掛けただけの弁当を食べる工員なかまのドンちゃんに半分分ける。茄子なんか食い切ってわけたのを、「すっぱくてうめぇな」とドンちゃんが喜ぶ。
 まずしい食べ物ばかりだとおもうのに、みんないきいきと美味しそうで、食欲不振者の目のご馳走になる。




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by buribushi | 2017-05-31 15:51 | | Comments(8)

森茉莉の部屋-「幸福はただ私の部屋の中だけに」

モリマリさんに花を一本捧げたいが、お好みのアネモネも、薔薇も咲いていない。貝母ただ一本。
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 森茉莉のエッセイのファンである。「ドッキリチャンネル」は全集に入っていて、その大きさ、重さで3冊というのでおそれをなして図書館で借りた。持っているのは文庫本「ベスト・オブ ドッキリチャンネル」ばかりだ。
 あと、全部文庫本で、「父の帽子」「記憶の絵」「私の美の世界」「マリアのうぬぼれ鏡」「マリアの空想旅行」「貧乏サバラン」「贅沢貧乏」など。
 きょうだいの本では森於菟「父親としての森鴎外」、森類「鴎外の子供たち」、小堀杏奴「晩年の父」。
 森茉莉の新しく出る本、と言っても、今になっては、読んだことのあるものに「新発見」「未収録」などとうたったものがまじえてあるだけのことが多い。その中にも、雑誌などですでに読んだものもある。

 今回のちくま文庫版は、まったく初めて読むものもまじっていてうれしかった。
部屋の様子を詳細に述べた2編は、どちらも文庫本にして3ページも4ページもついやしてこまごまと書いている。
 部屋一杯になるようなベッド(ベッドも大きいが部屋も小さい)の上にあるもの。電話機。切り抜きなどの入ったボール箱。オーデコロン。だめになったボールペン(いま書いている小説の苦しみの記念として。書き上げた時に眺めてよろこびたい)。原稿用紙、もう清書した原稿、。いろいろな色のペン、鋏、フランス製の櫛などの入った箱。小さなシャボン、ピン、針、糸、口紅の入った硝子の皿。シチュウの空き缶(食事のとき、おかずや味噌汁を載せる)。薬瓶、酢、テーブル用醤油、ソオス、洋杯(コップ)・・・ラジオ、鍋。ベッドの下は、モスグリインの絨毯の掃除が大変なので新聞紙が厚めにしいてある。

 などなど、まだ続くのだ。人一倍不器用だったらしい茉莉がベッドに味噌汁をこぼさなかったかしらと心配したり、しかし、これらの品々があって、どうやって寝たのだろう。

(新聞紙云々で、ははあ、と合点したこと。茉莉の部屋の片付けをした人(女性)がのちに書いたものに、新聞紙が土のようになっていて椅子の脚が埋まり、椅子がなかなか動かせなかった、というはなし、ベッドの下の奥から新聞紙に生えたきのこを刈ったというはなし、あれは事実だったねと。)

 料理は上手で、健啖家でもあったらしい。ごてごていじらずさっと仕上げて美味しいものを作ったようだが、その材料を刻むのもベッドの上だった。魚は骨をとったりしないで済むように刺身を上等の酒と醤油でさっと煮たとか。
 下着は銭湯へ行くたび新しいのを着て脱いだものは捨てたとか(執筆が忙しくなってから)。

 硝子のものが好きで空き瓶を飾って置くのだが、その色を「毒薬の壜のような暗緑色の」「色のない透明な硝子あまり違わないごく薄い緑」「濃い藍色の壜(古代の曲玉の色か、硝子の製法が・・・・から伝わったころの原始的な、ビイドロとかギヤマンと言われていたような色)」とか。
 室生犀星が作者に掌を出させ、「これが水仙、これが梅」と落としてくれた干菓子の入った薬瓶。干菓子はすでに風化している。巨大(径一尺くらい)な深紅の薔薇の造花が緑の壜に挿してある。

「ぜいたくは自分の気分で出せる」という茉莉は、大好きな自分の部屋で一人生を終えた。



by buribushi | 2017-04-26 18:31 | | Comments(2)

森茉莉「幸福はただ私の部屋の中だけに」

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部分入れ歯は初めての入れ歯で、うっとうしがっているうちにそれに引っかけて嵌めていた自前の歯が取れてしまった。
夫が病んでいるときで、長く歯科へいかないままになり、その間に歯茎も変形したらしい。今年になって行き始めたが、入れ歯を部分治しして嵌めたのが大変具合わるい。舌の側面があたるところが痛い、物を噛むどころか嵌めているだけで痛い。一日がまんして、さっきお茶漬けを流し込んでやれやれと歯を外したが、傷んだ舌はまだ痛い。はー。どうしたものかねー。
インプラントとかいう、入れ歯ならぬ人工歯を奨められているが、それは厭なのだ。どうすべき、どうすべき。

持って行って待ち時間に読んでいた、森茉莉のエッセイ集「幸福はただ私の部屋の中だけに」(ちくま文庫・早川茉莉編)。今までに読んだ作品と、初めて読む作品が混じっている。初めて読んだ「シャーロック・ホウムズ」という文の一部。
(・・・若い昔と全くおなじように、まだ何十年も生きて居るという感じで毎日生きているが、あと上手くいけば五年か七年、まあたいていはたかだか二年、もしかすると一年かも知れない)と。
いま自分の生きている感じとおんなじ。
このとき茉莉は幾つだったのだ?1976年に書かれたということは、73歳の時だ。亡くなったのが84歳、この文のあと11年。

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本は他に「紅茶と薔薇の日々」「贅沢貧乏のおしゃれ帖」いずれも読んだことのある作品、ない作品が混じっている。



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by buribushi | 2017-04-20 21:13 | | Comments(14)

紫木蓮

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 俳句は575の17音、短歌は57577の31音、いずれにせよ定まった形とリズムを持つ定型詩。
決まった形にするためには饒舌は許されず、そぎ落としてそぎ落として残った芯が作品、ということでは俳句の方がよりストイックだろう。
 俳句には季語を一つつかうという約束がある。季語はただの単語ではなくて、それを見る人に桜なら桜の持つ無限のイメージを運ぶ可能性があるわけ。だから、日本語でなくては叶わない世界だと思う。
 外国語で俳句を詠むとか、俳句を外国語に訳すということは、ほんとはあり得ないことで、haikuではない、なにか別の言葉があっていい。
 と、いうようなことをしゃべって、自作の俳句の英訳集を作った人の大顰蹙を買い、縁が切れてしまった。しかたがない。だってほんとだもん。
 言葉の意味だけ正確に訳しても、決して17音の世界の大きさは伝わらないだろう。

 戒名は真砂女でよろし紫木蓮 鈴木真砂女 
という有名な句がある。不幸な結婚生活をしていたとき、はげしい恋に落ちて、文字通りすべてを捨てて別の人生に入ってしまった人が、死んでも戒名は要らない、と。
 戒名にその人の業績とか生き方とかを表す文字を入れるというのはしばしば見かけるが、彼女は良くも悪しくも、人に自分の生をまとめたりなど、されたくなかったのだろう。高々と天に向かって咲いて、深い色の花を季語に選んである。
 これらのことを、外国語でなくてニホンゴの口語であっても、書き表そうとしたらどれだけ多くの言葉が要ることだろう。
 





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by buribushi | 2017-04-15 13:07 | | Comments(8)

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