おしゃべりきものⅡ-または、おしゃべりねこ

カテゴリ:本( 91 )




森茉莉の部屋-「幸福はただ私の部屋の中だけに」

モリマリさんに花を一本捧げたいが、お好みのアネモネも、薔薇も咲いていない。貝母ただ一本。
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森茉莉のエッセイのファンである。「ドッキリチャンネル」は全集に入っていて、その大きさ、重さで3冊というのでおそれをなして図書館で借りた。持っているのは文庫本「ベスト・オブ ドッキリチャンネル」ばかりだ。
新しく出る本、と言っても今になっては、読んだことのあるものに「新発見」「未収録」などとうたったものがまじえてあるだけのことが多い。その中にも、雑誌などですでに読んだものもある。

今回のちくま文庫版は、まったく初めて読むものもまじっていてうれしかった。
部屋の様子を詳細に述べた2編は、どちらも文庫本にして3ページも4ページもついやしてこまごまと書いている。
部屋一杯になるようなベッド(ベッドも大きいが部屋も小さい)の上にあるもの。電話機。切り抜きなどの入ったボール箱。オーデコロン。だめになったボールペン(いま書いている小説の苦しみの記念として。書き上げた時に眺めてよろこびたい)。原稿用紙、もう清書した原稿、。いろいろな色のペン、鋏、フランス製の櫛などの入った箱。小さなシャボン、ピン、針、糸、口紅の入った硝子の皿。シチュウの空き缶(食事のとき、おかずや味噌汁を載せる)。薬瓶、酢、テーブル用醤油、ソオス、洋杯(コップ)・・・ラジオ、鍋。ベッドの下は、モスグリインの絨毯の掃除が大変なので新聞紙が厚めにしいてある。

などなど、まだ続くのだ。人一倍不器用だったらしい茉莉がベッドに味噌汁をこぼさなかったかしらと心配したり、しかし、これらの品々があって、どうやって寝たのだろう。

(新聞紙云々で、ははあ、と合点したこと。茉莉の部屋の片付けをした人(女性)がのちに書いたものに、新聞紙が土のようになっていて椅子の脚が埋まり、椅子がなかなか動かせなかった、というはなし、ベッドの下の奥から新聞紙に生えたきのこを刈ったというはなし、あれは事実だったねと。)

料理は上手で、健啖家でもあったらしい。ごてごていじらずさっと仕上げて美味しいものを作ったようだが、その材料を刻むのもベッドの上だった。魚は骨をとったりしないで済むように刺身を上等の酒と醤油でさっと煮たとか。
下着は銭湯へ行くたび新しいのを着て脱いだものは捨てたとか(執筆が忙しくなってから)。

硝子のものが好きで空き瓶を飾って置くのだが、その色を「毒薬の壜のような暗緑色の」「色のない透明な硝子あまり違わないごく薄い緑」「濃い藍色の壜(古代の曲玉の色か、硝子の製法が・・・・から伝わったころの原始的な、ビイドロとかギヤマンと言われていたような色)」とか。
室生犀星が作者に掌を出させ、「これが水仙、これが梅」と落としてくれた干菓子の入った薬瓶。干菓子はすでに風化している。巨大(径一尺くらい)な深紅の薔薇の造花が緑の壜に挿してある。

「ぜいたくは自分の気分で出せる」という茉莉は、大好きな自分の部屋で一人生を終えた。



by buribushi | 2017-04-26 18:31 | | Comments(2)

森茉莉「幸福はただ私の部屋の中だけに」

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部分入れ歯は初めての入れ歯で、うっとうしがっているうちにそれに引っかけて嵌めていた自前の歯が取れてしまった。
夫が病んでいるときで、長く歯科へいかないままになり、その間に歯茎も変形したらしい。今年になって行き始めたが、入れ歯を部分治しして嵌めたのが大変具合わるい。舌の側面があたるところが痛い、物を噛むどころか嵌めているだけで痛い。一日がまんして、さっきお茶漬けを流し込んでやれやれと歯を外したが、傷んだ舌はまだ痛い。はー。どうしたものかねー。
インプラントとかいう、入れ歯ならぬ人工歯を奨められているが、それは厭なのだ。どうすべき、どうすべき。

持って行って待ち時間に読んでいた、森茉莉のエッセイ集「幸福はただ私の部屋の中だけに」(ちくま文庫・早川茉莉編)。今までに読んだ作品と、初めて読む作品が混じっている。初めて読んだ「シャーロック・ホウムズ」という文の一部。
(・・・若い昔と全くおなじように、まだ何十年も生きて居るという感じで毎日生きているが、あと上手くいけば五年か七年、まあたいていはたかだか二年、もしかすると一年かも知れない)と。
いま自分の生きている感じとおんなじ。
このとき茉莉は幾つだったのだ?1976年に書かれたということは、73歳の時だ。亡くなったのが84歳、この文のあと11年。

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本は他に「紅茶と薔薇の日々」「贅沢貧乏のおしゃれ帖」いずれも読んだことのある作品、ない作品が混じっている。



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by buribushi | 2017-04-20 21:13 | | Comments(14)

紫木蓮

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 俳句は575の17音、短歌は57577の31音、いずれにせよ定まった形とリズムを持つ定型詩。
決まった形にするためには饒舌は許されず、そぎ落としてそぎ落として残った芯が作品、ということでは俳句の方がよりストイックだろう。
 俳句には季語を一つつかうという約束がある。季語はただの単語ではなくて、それを見る人に桜なら桜の持つ無限のイメージを運ぶ可能性があるわけ。だから、日本語でなくては叶わない世界だと思う。
 外国語で俳句を詠むとか、俳句を外国語に訳すということは、ほんとはあり得ないことで、haikuではない、なにか別の言葉があっていい。
 と、いうようなことをしゃべって、自作の俳句の英訳集を作った人の大顰蹙を買い、縁が切れてしまった。しかたがない。だってほんとだもん。
 言葉の意味だけ正確に訳しても、決して17音の世界の大きさは伝わらないだろう。

 戒名は真砂女でよろし紫木蓮 鈴木真砂女 
という有名な句がある。不幸な結婚生活をしていたとき、はげしい恋に落ちて、文字通りすべてを捨てて別の人生に入ってしまった人が、死んでも戒名は要らない、と。
 戒名にその人の業績とか生き方とかを表す文字を入れるというのはしばしば見かけるが、彼女は良くも悪しくも、人に自分の生をまとめたりなど、されたくなかったのだろう。高々と天に向かって咲いて、深い色の花を季語に選んである。
 これらのことを、外国語でなくてニホンゴの口語であっても、書き表そうとしたらどれだけ多くの言葉が要ることだろう。
 





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by buribushi | 2017-04-15 13:07 | | Comments(8)

「野草の手紙」ファン・デグォン、酒粕パン、

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 ファン・デグォン(黄大権)は、1985年にアメリカ留学から一時帰国した直後、無実の政治犯としてとらわれ、金大中政権が出来て98年に特赦で釈放されるまで、13年あまりを独房で過ごした。
 日記まで禁じられた彼が、唯一許された週一度の妹宛の手紙と、そこに添えられた野草のスケッチ。
 5年間無実を訴えつづけても実らず心身疲れ切っていたとき、ふと雑草に目がとまり、資料を取り寄せて野草の研究に没頭、しまいには刑務所内に野草園を作り上げて、心身回復していった。この本は02年に出版されてベストセラーになった。
 薬草をブレンドしてお茶をたて、野草の漬け物「水キムチ」は仲間もよろこんだし、茹でて味噌和えにした野草も美味しかった(そういうことは出来る牢屋だったんだね)。
折角作った野草畑を清掃員にむしられたり、なかまが下水から「採取」した人糞を薬草にまで肥料として撒いて仕舞ったり、苦労のさまがかなしくもおかしい。



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 スベリヒユの話のページ。スベリヒユは湯通しして干して置くと保存出来て、冬も食べられる。あらゆるむくみやできもの、その他薬効の多い草だという。
 彼が参考にしたのはチャン・ジュングン著「体に良い山野草」で、この本は学問的知識の羅列ではなく「山野草オタク」のチャン博士の経験と知識の記録で、実用的、とある。
 13年は長かったが、そこで自然と向き合い(草のみでなく虫やネズミまで)多くを学び喜びを見つけた。これは草の本で、生き方の本。




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 今日のオマケ写真。
 ド〇ロクを絞った後のゆるい酒粕を小麦粉と練り混ぜてしばらく置き、蒸したパン。塩を入れたオリーブ油と、黒糖を煮て作った黒みつを添えた。




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by buribushi | 2017-04-12 21:48 | | Comments(4)

ひでこさんの本とその読み方

a0203003_17402938.jpg つばた英子、しゅういちさんの本は、「あしたもこはるびより」「ひでこさんのたからもの」「時をためるくらし」「ふたりからひとり」と、読んで来た。
これはハブ茶と麦茶のページだが、麦茶は実行済み、ことしはハブ茶も作ろうとエビスグサの種を買った。
a0203003_1741095.jpg 自分のところで取れた梅で梅干しを漬けたい、と長く思っていた。いまの場所に移って来てからは、豊作、不作はあるけど、ほぼ、実現できている。
満80歳になる今年、小梅を植えたのは、ひでこさんの精神を真似たのだ。
a0203003_17412851.jpg しゅういちさんは、自分の雑木林の木の枝で農具の修理をする。
小柄なひでこさんが使い易い、細くて軽い鎌の柄など。
仕事のさまがいかにも楽しげ。右下の写真の背景に、ウォールボケットが吊ってあるが、1から31までの数字入りで、細々したものが分けて入れてある。ミシンも得意だそうだから、彼の手作りだろう。

 私はこれらの本を寝ながら読んで、眠くなってぽとっと本を落として寝入るのが好きだ。

 カスタマーレビューというものを読んだ。わたしと同じく嬉しがって読んでいる人が多い中で、否定的な文もある。「この二人の本を読むにつれもやもやを感ずる」。この本が褒められていることに対して「世の中、お人好しが多いですね」ほか、もっとひどい言葉で二人を否定している。
 心豊かなシンプルライフはお金が無ければ出来ない。という人。自分の母は子どもの時農作業を手伝わされて辛かったのでもうしたくないと言う。あの人達はこどものとき苦労しなかったから出来る、とか。(私は弁当持ちで朝から夕方まで一人で草取り、とか、雪が早く降って大根の取り入れを母としたときは高熱を発したとか、あったけど、いまは畑が楽しい。自分の思うようにやれるもの。)
 ひでこさんが家計簿も付けないで、とか、冷凍庫を幾つも持つのはゼイタク、とか。まあ何でも言いなはれ。野を歩いて花を見ず、虫やいら草ばかり見つけて文句いうのも本人の勝手です。

 年収の2倍ものヨットを買ってしまったしゅういちさんに「男の人はおもちゃが要る」という。実家から持って来たお金も、着物も宝石も使ってしまった。質屋の帰り、お金になったことが嬉しくてしゅういちさんの好きなステーキ肉を買う。このいい加減さ、良く言えばおおらかさがなかったら、あのうちは成り立たないだろう。きちんと家計簿を付けるような人ならこの暮らしには耐えられない。

 この4冊は聞き書きで、最近復刊の新書版の1冊とは随分感じが違う。4冊のとてつもない大らかさとは少し違い、「男のわがまま」などという言葉も見える。
 あ、優秀な編集者が入るとはこういう事なんだな。上等な材料の英子さんを、さらに美味しく料理してある。英子さんも歳月で変わられたところもあるだろうが。

 うちはもうすぐ80歳の二人暮らし、夫の年金と、退職金をはたいて買った150坪ばかりの畑があって、それだけでゆったりした気持ちで暮らしている。
 私は20年位前から、少々自分の収入がある。無名者の原稿料だから、内職程度のものだが、読みたい本や自分の身につけるものを買うくらいのことは出来る。これがどれだけ気持ちの安定に効くか、はかりしれない。英子さんの処も出版はあるし、畑のものやその加工品は毎月何十個も小荷物にして送り出している。年金だけでは心豊かに暮らせない、ということは、ないと思う。
わたしも一生かかってここにたどり着いたので、人にとやこう言われる事はなんにも無い。

 畑の縁に植えた、798円で買ったすももは今年も蕾をびっしりつけ、年々増やしていま4本。雑木林が好き、と、家の周りに植えたエゴノキは落ち実から一人生えして殖え、雑木林を名乗るほどでは無いから薮と称している。下草も一々好きなものばかり。
 欲しかった小梅の木を、今年はえいっと買って植えてしまったのは英子さん効果だ。

 造り酒屋に生まれた英子さんと違い、「買うなら最高のもの」という暮らしは出来なかった。五十何年使った簞笥はがたがただけど、大丈夫、80オバーの終わりまでは保つ。安物、なんの問題もなし。人は人。
 残り時間は少ないので、どう片づけて行くかがいまの最大の関心事。

(長広舌、ご無礼いたしました)



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by buribushi | 2017-04-09 18:39 | | Comments(8)

辞典おもしろ、校正楽し、添削稼業やめられぬ。

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 木曜日の夜は民放のテレビ番組「プレバト」で俳句の添削を見るのが楽しみ。今日は休みでつまらない。

 短歌の添削をすると、「そうなんです、私の言いたかった事がはっきりしたけど、どうして分かりましたか」と言われる時は成功。「そんなこと言ったんじゃありません」「自分好みに直さないでください」と言われたこともあって、読み返せば作品はどう見ても「そんなことを言って」いる。
 添削は、作者が表現したいことにより近づくためにする手直しだと思っている。だから上記のような二通りの受け取りかたが出るのは、添削者のせいではなくて作品のせいです。あーこれ言ってみたかった。
 俳句は季語という大きな働きをするものがあることと、17文字という簡潔さのために、添削事情は短歌とはかなり違う事だろう。俳句を読んでいると、短歌を饒舌に感じ、俳句をやりたかったな、と、ちらと思うことがある。六十何年の手遅れ。違うブンガクだから、一人で両方は出来ない。

 ごろごろ曳いて歩くのは「キャリーバック」か「キャリーバッグ」か。辞書によれば、「キャリーバック」は、ラグビーで自陣のインゴールに持ち込んだボールを地面に着けること。
 キャリーバッグは車輪付きの小型スーツケースを言うが、これは和製英語だそうだ。英語圏では車輪付のスーツケースはただ「スーツケース」、キャリーバッグは持ち歩く鞄や買い物袋のことを言う、と。

 「けなりい」は古語由来の当地方言で、「羨ましい」の意。
 これも、「けなり」ではないか、と言われたことの返事は、「けなり」は「異(け)なり」で、普通とは違っている、際だっている、優れている(のでうらやましい)。「けなりい」は「異なり」を形容詞化した言葉で、意味は「うらやましい」。

 以上のようなことを校正者に返信した。
 前に「柿山伏」の語を含む短歌を解説して、「何でも知ってるんだねぇ」と言われたが、なんの、柿山伏のくだりは辞書の丸写しです。辞書と、この頃はインターネットもあるから、ダイジョウブです。








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by buribushi | 2017-03-30 21:52 | | Comments(10)

またしても片づけ本「それ、いらない」

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 いま、娘に貸してあるので、電話で題名を聞いた。「それ、いらない」だった。
 懲りもせず、と言うか、片づけ本は何冊読んだことだろう。一部実行したり、だめだこりゃ、になったり。今度のは、立ち読みしてみたら、片づいた生活をするために親子4人で沖縄へ引っ越したとあるので買った。千円なり。
 一度読んで娘に貸したので詳しく紹介は出来ないが、キーワードは「使い切り」か。服でも靴でも、そのほか何でも、使い切ったら捨てて、初めて次を買う。使い切るとは文字通り破れたり壊れたりすることから、もうこの後使わないと考えるようになったことまで含む。

 本が返って来てからもう一度、も二度もじっくり読むけど、「使い切り」ね。実際、このセーターは高かったから、この靴は高かったからとよそ行きにしか使わないで、そのうち似合わなくなったり身体に合わなくなったりしたらどうか。気に入ったものはためらわず使って、使い切ればいい。
 (そう言いながら、今日も外から帰ると「いい方」のセーターとズボンを脱いでくたびれたのに着替えたけどね)
 もう幾冬も着ないのに捨てないセーターは、高かったから。ものはいいけど、型がもう、着る気のしないもので、これも使い切った、と言えば思い切れる。

 さっき、ねこがもぐりこんで毛だらけになったシーツとカバーを取り替えたとき、押し入れの布団類を見た。綿を打ち直して布団縫いをしたことでは最後の、掛け布団二枚、また重たくなってしまったが、もう一度打ち直して作り直してまで使うか?ノーだ。こういうのを、使い切った、と言っていいんじゃないか。
 長女の木綿屋時代の残り布、インド更紗を接ぎ合わせて作った布団、解いて、更紗は布に戻す。綿は堆肥に回せば土を肥やす。本を読み返す前に、もの減らしが始まった。優秀な本だわ。
 
 孫達が小さくて、「ばーちゃんちにお泊まりする」と言っていた頃は、十畳に布団を敷き詰めてごろごろ寝かせていた。法事だの何だの、泊まり客もあった。その中には使い切ったと言っていいものがまだある。
 
 衣類や靴については大よそ行きはない。おかずの買い物に出る靴も、沖縄へ行く時の靴も同じだし、シャツやジーパンもほぼ同じ。最近、長いスカートがはきたいような気がしきりにするけど、買わなくても布団の更紗とか、材料はある。

 後は本と雑誌。読み返さなくていい、また読み返すつもりで置いたまま1年もそれ以上も過ぎたもの。飽きた作家。むかし丁寧に本を買っていた頃は無かったことだ。反省。
 
 
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by buribushi | 2017-03-25 13:26 | | Comments(4)

心に飛び込む言葉

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調べることがあって古い雑誌を見ていたら出合った言葉。
若い女性が、うさぎが好きな理由を述べている。
「姿かたち、手ざわり、頭が悪いところも嫌いじゃなくて、ペットショップにいても意味がよくわかっていないから悲しそうじゃない。そのマイペースぶりもいいなと思う」
意味がよくわかっていないから悲しそうじゃない。うさぎというものの、かわいさ、いじらしさ、あわれさというか、そういうものをひっくるめて、こんなによく表す言葉があろうか。しかもこのユニークさ。
ほとんど詩だ。
ほかの動物のかなしさも合わせて思わせられる。





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by buribushi | 2017-02-21 21:24 | | Comments(12)

健康オタクではないけど など

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息子が幼い頃、毎日寝小便をしたが、お医者に話してももう少し大きくなれば治るよ、と言われるだけだった。
「熱くないお灸入門」は近所の書店で見つけた。もぐさを体につけるのでなく、タバコのように紙で巻いたモグサに火を付けてツボをあぶる、というもので、熱く感じたら離す。
ツボの解説もあったが、寝小便を治すツボ、というのがあるわけでは無いので、この子の弱点と思われるところを、と、私が決めたツボ、おへそその他を毎晩寝る前に温めた。
あら?昨夜おしっこ出なかったね、と言ったのは4,5日経ってからで、それから出ない日がだんだん多くなって、ひと月も経たないうちに治ってしまった。その後もいろいろ頼りにして、本はぼろぼろになるほど愛読。
伝え聞いて、うちの子にも寝小便の治るお灸をたててくれ、と言った人には、東京・永福町にあった著者の鍼灸院を教えたらすぐ上京、その晩から治ったそうだ。「当事者」たち、もう50歳にもなる昔のはなしである。

東城さんの本では、一日水だけ飲んで絶食、砂の中に全身を埋めて寝る、という療法を覚えて何回か体験、伝え聞いて一緒に砂に寝た人がカチンと音がするほどの石がおしっこと一緒に出て不調が治った(その後私も尿路結石を自宅で排出)。

若杉さんには野草を積極的に食べることを習った(実際に講習も受けた)。今まで以上の「草食い」人種になり、春が待ち遠しい。



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娘が貸してくれた本。まだ読みかけ。
ゴム紐類で締め付けないだけで体が整う、というはなし。体に紐をゆるく巻くだけで、以下同文。ほかに「日本人には塩が足りない」も借りて読んだ。
この人(娘)は感覚が鋭く、一種の超能力があるのだろう、自分でも人の「波動」を測定する器機を持ち、測定でわかった波動の乱れを整える「波動水」を作って飲ませて呉れる。
次々よく見つけるね、というほどこの種の話あり、お節介親切にもそれをみんな人に伝える。

昨日「水」を作って貰いに行き、話を聞き本を貸してもらった。
本人はゴム紐の害を受けないふんどし型の下着を考案して次々試作、試着、人にも試着してもらっているという。決定版が出来たら型紙をあげる、とのことである。

LLの、幅広のレース式ゴムのぱんつにしていたのを(わたしはMサイズ)、取りあえずゴムをジョキジョキと切り取ったら、残った部分だけでちゃんと落ちない、ややヒップハングのぱんつが出来た。
パジャマのズボン、もんぺなど、幅広ゴムを抜いて、4コールの頼りないゴムに変え、落ちないだけ、に。
ぶらじゃーを止め、胸が二重のタンクトップに。足首を締め付けないソックスは昨日たくさんもらった。

健康であれば、ずっと畑仕事も出来、人の役にも立てて、こころも健康で、上手に老いて上手に死ねるのではないか。そう思うので、自分の体のことしか眼中に無い健康オタクではない。決して。


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ボビもおかあさんにつくってもらったハドウスイまいにちのんでるよ。

(水のはいったボウルに、ボビ、パンチ、ジョンが居た頃はジョン、の名がそれぞれ書いてあって、彼ら間違えずに自分のボウルから飲む)。


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ハナキリンは2階の暖房のない部屋であざやかに咲いている。


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トゲナシハナキリン、一昨年玉城で買って来たのは冬を越せなかった。
これは去年東風平で買った。温かい居間の隅に置く。葉っぱが次々枯れて落ちるので、埃をぬぐい、霧吹きで日に何回か水分を与えて見守っている。
葉っぱが減ったがどうにか元気、花も咲いた。ただ、鮮やかな赤にはならない、日光が足りないのだろう。そういう場合用の栄養剤を与えた。なんとか命さえ繋いで呉れれば、季節が来ればまた咲くことが出来る。



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by buribushi | 2017-01-08 18:18 | | Comments(9)

「人生はいつ終わっても正解」

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以下は知人のブログへのコメントの一部。

わたしも昨夜久しぶりで脚本・木皿泉のドラマを見ました。ほかのことをしながらで、熟視していたわけではないけど、「人はいつ死んでも中途半端、だから人生はいつ終わっても正解」という誰かのセリフを書き留めておきました。そうか。気が休まるな。

それと、登場人物のうち小泉今日子が幽霊で、他にもあの世とこの世を行ったり来たりしている人がいて。
あの世とこの世の境目がハッキリしないのは沖縄みたいだな、と思っていました。

私のブログのレポートで、何がよく見られているのかを知ります。・・・・・・・・の記事が随分長くトップで。このところ減って来てやれやれと思ったら今朝また随分ふえていました。
その人、冷蔵庫から洗濯機まで持って出て行き、・・・・は水道の水にレモンと砂糖を入れたらジュースになった、なんて言っている。食パンを間違ってレンジに掛けたらカチカチになったので、水で煮て、カレールウを溶かして一食にした、とか。
・・・は・・のマンションで楽しそうに暮らし、友人や編集者がよく来て一緒に美味しそうな食事をしている。どうしてこんなとになったかは、二人の書いたものからは全然わからないし。
以後、ぴたっと・・・の・の字もブログに書かないのに、検索で来てくれるらしい人が後を絶たないんですね。
「出ると買い」だったその人の本に対しての気持ちも覚めました。

まあ、恋は終わりますわね。
その一瞬のために思わず踏み込んでしまった人生の、その後の長さを、黙々と(ばかりではないだろうけど)過ごすのがおおかたの人ではないですか。あんなふうに処理するんだ。ふうん。改めて得た自由は楽しいでしょうが、いきなり貧者の暮らしに入った相手のことは気にならないんでしょうか。
自分とこで書くとまたわっと来てくださる人があるかと我慢していたことをこぼしたので長くなってすみません。




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by buribushi | 2017-01-04 11:11 | | Comments(8)

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