おしゃべりきものⅡ-または、おしゃべりねこ

カテゴリ:本( 96 )




「余談ばっかり」-司馬遼太郎作品の周辺から-をまた読む

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 司馬遼太郎作品の周辺から と副題にある、「余談ばっかり」(文春文庫・和田宏著)を読み返したら、前には気に止めず読みとばしていたのか、あらためて気が付いたところがあった。  
 司馬さんはある講演で、「どんな組織でも出来てからほぼ四十年で古びて、懐中電灯の電池が切れるようにスイッチを入れても点かなくなる」と語っているという。
 これは日露戦争のことを言っていて、つまり維新からかろうじて四十年になるまえに起きたことだから、まだ組織がうまく作動した。ここから電池が切れだした、ということだ。

 東北大震災時の東京電力福島原子力発電所は稼働して四十年。震災の被害もあるが、その組織の混乱ぶりは記憶に新しいであろう。この指摘は生きつづけている。
 
 という部分のこと。
 私はある集団に42年間ほど属していた。終わりの3年ほどはもう、いつ止めようかと思い暮らした。
 1953年に発足した会に1960年に参加した。1986年に師が亡くなられた。率いられたのは40年にまだ間のある33年間だったのだなとあらためて思う。
 その会で、1982年、83年と続けて二つの賞を受けた。師は病気のためその後出席がかなわなかったので、師のお手から直に賞状を受け取った最後の者となった。46歳だった。
 その時、師が不自由な手で生け花から抜き取って私に下さった赤いカーネーションは、長く書架にあったが乾ききって粉々になった。と、いう、人生最大の自慢話を臆面もなく、して置く気になったのは、この「四十年電池切れ説」に気が付いたため。
 会員として直接教えを受けたのは26年間だった。その前に新聞投稿をしていたころ、懇切な評は他の誰も知らない私の心を衝いて、一人号泣した。



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by buribushi | 2017-08-02 08:02 | | Comments(4)

宮本常一「家郷の訓」(かきょうのおしえ)ほか

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 民俗学の宮本常一(1907-1982)は、広島湾と周防灘の間にある「面積十方里ほどの島」の、人家100戸ほどの山口県白木村に生まれた。田畑はあるが、いのちを養うにはやや足りない。出稼ぎに出る人も多かった。盆暮れに帰るだけの長期の出稼ぎや、秋仕事・米の取り入れから麦まきまで、一日米一升の賃で働き、米一俵を持ち帰る、という働き方もあった。
 宮本は17歳で大阪へ出て、小学校の教師などしたあと、30代から民俗学の研究に入った。日本中、彼の足跡の無い処はない、と言われるほどよく旅をし、聞き書きをした(山古志へも来て、村の将来のことなどいろいろ語り合っている)。

 彼は幼い頃から祖父が田畑へ行くのについてゆき、野山で遊んだ。たまに草引きなど手伝うと「お前が草一本でも引いてくれればそれだけわしが助かる」と喜ばれる。
 祖父は山葡萄や野いちごなどよく見つけて食べさせて呉れたし、野山で食べられるもの・たべられないもの、薬になる物ならないものなど教えて呉れた。夜は肩を揉ませながら尽きない昔語りをした。

 故郷の外から見る村の変遷はよく目についた。年に2,3度の帰郷のたびに村人の話を書き留めた。「けだし話し好きは私一人ではなくて村人一般の性向で、人びとは喜んで私に語ってくれた」とある。
食べ物のこと、着るもののこと、季節の行事、村人が自他を律する様々のきまりごと、などなど。
 他の土地のことをよく見聞きし、それを教えてくれる人を「世間師」という言葉があったそうで、宮本を「いい世間師だ」と感嘆する老人のこともどこかで読んだ。

 波や風の音について語ったところも印象深い。「静かな海に突然ドサリと波の音がする。やや間を置いてまた一つする。」そういうときはきっと暴風雨になる、とか、「ドサリドサリと規則正しく波の打ち始めるときは北風になる」春2月になると「ジャボジャボジャボジャボと小さくやわらかなな波音に変わってくる事がある。東風が吹きだしたのである」など。海に石を投げてあそぶと、遠くでジボン、と音がした、ともあった。


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 〇文協の営業の若者は、男も女も、このあたりでトッチャンバイクと言う50CCのバイクに乗ってくる。炎暑の夏も、雪交じりの風が吹く日も。私はそれを、東京からはるばる、三国峠(いまは三国トンネル)を越えて来るのかと思っていた。大きい車にバイクごと乗ってくるのだと知ったのは近年になってからだ。私のような単純な客はそう無いことだろう。
 全集物を揃える趣味はないのだが、いくらかの原稿料をもらっている弱み?の上にトッチャンバイクにほだされて、、全都道府県にアイヌをくわえた50冊近い「食生活全集」や、分不相応の「農書全書」まで買った。「食生活・・」は弟に貰ってもらったり(新潟県、岐阜県、沖縄県、アイヌ、だけはその後買い直した)他は古書に出したりして手許に無い。
 もう、図書館や〇マゾンなどに目もくれず、自分の本を読み返せ。



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 梅干し用の無農薬の梅を買うという娘に、私の分も頼んである。
キリヤさんにとてもいい県内産の梅が出ていたので、取りあえず2キロ、漬けた。この分の紫蘇はうちの一人生えで間に合うだろう。
朝から降ったり止んだりの雨、蒸し暑い。胡瓜の背丈がぐん!と伸びた。

今日も軽トラで2回、焚き物を運んで下さった。



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by buribushi | 2017-06-30 16:29 | | Comments(6)

中野翠「この世には二種類の人間がいる」二度目

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 去年の3月に一度、図書館で借りてこの本を読んでいる。
 人を二種類にぱっぱと仕分けて、言いたいように言っていて、しかも自分はどっちか、たちどころに分かるのがほとんどで、痛痒いならぬ「痛面白」かったんだけど。

 前回、どうしてこれに気がつかなかったんだろう、「それはうたう人とひねる人だ」。
 短歌は「うたう」。俳句は「ひねる」昔から使い分けていて、短歌にひねるは妙だし、俳句にうたうは似合わない。その似合わなさっていったい何なんだろう。

 好きなのは、「私の場合は、はっきりと俳句だ。理由は簡単で、短いから」「もしかすると理由はもう一つ、自分でも時どき理解に苦しむ、へんてこな羞恥心のせいもあるかもしれない」と、作者は書いている。
 あるとき友人が歌集を貸してくれた。その場でめくって見ると、型破りで口語的。くだけた調子だけれど、死や孤独がむき出しに迫ってくるような歌が多かった。
 数日後、「中野さんのこの間の一言、けっこうこたえた」と友人が言う。歌集を返すとき、「どの歌も、わたし最後に なあんちゃって とつけたくなるよ」と感想を言った、というのだ。

 そんな心ない、ふざけたことを口走ったのか、自己嫌悪におそわれるが、いっぽうでわれながら正直な感想だったなと思う。
 「たいていの短歌はわたしを照れくさくする。好きな歌でも、「-なあんちゃって」と照れかくしフレーズを付け加えないと自分の心の中でおさまりがわるいのだ」
  ここで、大ヒットしたある歌手の歌のことを持ち出している。「なぜあの曲を、あの歌詞を、あんなにも思い入れたっぷりに歌いあげるのか、まるでわからない。世の中には二種類の人間がいる。あの歌いっぷりに酔える人と酔えない人だ。」
 「固定観念だけで言うのだが、短歌好きは歌舞伎好きやオペラ好きにリンクしやすく、俳句好きは落語好きやジャズ好きにリンクしやすい。」

 ここまでくるとさすがに、中野翠の観念の中の「短歌」が分かって来るのだが、さらにダメ押しがあった。
 彼女自筆のイラストで、和服姿の女性が思い入れたっぷりの顔でペンを持っていて、傍に「うたう人って、キモノなら一竹辻が花、花なら胡蝶蘭なんか好きじゃない?」「そうでもないか」と書いてある。

 ここに至って、わーっと叫びたくなる。
 こんな事を言う中野翠も腹立たしいが、そう言われても仕方のない歌もまた世の中に多くて(きっとその方が多いことだろう)それが一番いやなことなのだ。

 私自身のことを言えば、歌舞伎より落語。音楽には弱いがオペラよりは断然、沖縄の「音」。キモノなら紬で、それも洗いを経過してしんなりしたのが好きだ。花は単純素朴、に、好きなのが多い。宝くじ当てたって辻が花なんか着るもんか。

 「紬」の歌は添削で活かせるが、「辻が花」の歌は作者が自分に酔っていたり、演出していたりして、手をつけられない。そういうのを見て、「短歌は」と括って貰いたくない。そういう短歌が、短歌に間違ったイメージを与える。ぺしっ(ねこパンチ)。

 「なんちゃって」のつけようがない、本物の短歌を中野翠に読ませたい。ふう。

追記。近頃、俳句はいさぎよい。短歌は饒舌さがある。俳句をやっておれば良かった、と思う事がある。六十六、七年の手遅れだけど。




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by buribushi | 2017-06-22 16:36 | | Comments(9)

ジローブーチン日記、70年後の読了

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 2012年の11月、このブログに、北畠八穂の「ジローブーチン日記」をもう一度読みたいと書いた。
 昨日、未知の方からの書き込みで、ウェブ上で読めるという。なぜかURLが送れないので検索で、とあった。
 国立国会図書館の蔵書が読めるのだった。次へ、次へとページをめくるように読み進み、読み終わる。
それで解ったのは、私はこの話を読み終えていなかった。
 前半、ジローが仲間達と「サマルカンドノマルキゴヤ」「ムギメシナヅケトロロジル」など、12文字で自分の通称?を作るところや、その名前。エープリルフールのブーチンのいたずらをじいちゃんが気づかず、ブーチンが川水を汲みこんで沸かしたお風呂を喜ぶところなどハッキリと覚えているのに、後半ウミスズメという謎の人物が出て来て重大な役目を果たすのに、そこからはまったく記憶にない。
 
 多分、学級文庫に私費で買って下さったM先生のご転勤で、「銀河」を途中までしか読まなかったのだ。
 10歳の時から70年経て、通して読むことが出来て大変有難かった。
 戦争末期に辛うじて日本へ送り返されたジローとブーチン、それは結局そのまま両親と兄との別れになってしまうという辛いはなしなんだけど、後半、海へ出て行ったウミスズメの置き土産のピアノが届くなどメルヘンっぽくなった。子どもに読ませるのだからなあ。10歳の時終わりまで読めたらどう思ったことだろう。

 ここへ写したかったURLはなぜか、やっぱり移せなかった。
「国立国会図書館デジタルコレクション」へ行き、「ジローブーチン日記」を検索すれば読めます。








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by buribushi | 2017-06-15 13:07 | | Comments(8)

茄子のおこうこ-「粘土のお面」に出てくる食べ物

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 ものが食べられない時、食べ物のことを読むのが慰めになることがある。
 何回も本の整理をしたのに捨てかねている、豊田正子「粘土のお面」は、書き込みによれば1958年、私が16歳の時買った文庫本(定価60円)。

 ブリキ職人の父ちゃんに仕事がなくて、正子は夏休みに「口減らし」のため母親の郷里、草加の伯父の家で過ごした。学校の日記帳を包んだ風呂敷を右手首に結び、左手には新聞紙にくるんだ十二、三銭を握って、東武電車に揺られ、昼近くに草加に着く。
 迎えに来てくれた従姉の「おすちゃん」に、「早く家へ行って飯食うべや、腹へったんべ」と言われて田の中の道を歩き、冷たい井戸水で顔を洗わせてもらってから、大きな味噌むすびを三つ貰う。

 その晩、畑から帰った伯父さん達、もう一人の従姉妹のおくまちゃん、と食べた夕飯は、「盥のような」おひつに入ったご飯と、茄子のおかうこ(お香々、漬け物)、鮒の焼いたの。鮒は庭先を流れる小川でご飯粒を餌に自分で獲るのだ。

 お盆が過ぎた頃(半月経過、)おくまちゃんが庭の梨の木に登って実をもぐ。ふところにいれ、入りきらないのは咥えて下りて来たおくまちゃんと分けて囓る梨。
「皮を襟にこすっては食べ始めた。小さくて青みがかっていたけれど、しゃきしゃきして水っぽかった」
 その梨の美味しそうなこと。

 米が無いので、十銭で十本買って来て蒸かしたほくほくしたいも。
 ザクザク切った菜っ葉と醤油だけのお汁にもちを入れた雑煮。
 父ちゃんと分けて来た弁当のおかずのイワシの味醂干しと茄子のつけもの。それをまた、醤油を掛けただけの弁当を食べる工員なかまのドンちゃんに半分分ける。茄子なんか食い切ってわけたのを、「すっぱくてうめぇな」とドンちゃんが喜ぶ。
 まずしい食べ物ばかりだとおもうのに、みんないきいきと美味しそうで、食欲不振者の目のご馳走になる。




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by buribushi | 2017-05-31 15:51 | | Comments(8)

森茉莉の部屋-「幸福はただ私の部屋の中だけに」

モリマリさんに花を一本捧げたいが、お好みのアネモネも、薔薇も咲いていない。貝母ただ一本。
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 森茉莉のエッセイのファンである。「ドッキリチャンネル」は全集に入っていて、その大きさ、重さで3冊というのでおそれをなして図書館で借りた。持っているのは文庫本「ベスト・オブ ドッキリチャンネル」ばかりだ。
 あと、全部文庫本で、「父の帽子」「記憶の絵」「私の美の世界」「マリアのうぬぼれ鏡」「マリアの空想旅行」「貧乏サバラン」「贅沢貧乏」など。
 きょうだいの本では森於菟「父親としての森鴎外」、森類「鴎外の子供たち」、小堀杏奴「晩年の父」。
 森茉莉の新しく出る本、と言っても、今になっては、読んだことのあるものに「新発見」「未収録」などとうたったものがまじえてあるだけのことが多い。その中にも、雑誌などですでに読んだものもある。

 今回のちくま文庫版は、まったく初めて読むものもまじっていてうれしかった。
部屋の様子を詳細に述べた2編は、どちらも文庫本にして3ページも4ページもついやしてこまごまと書いている。
 部屋一杯になるようなベッド(ベッドも大きいが部屋も小さい)の上にあるもの。電話機。切り抜きなどの入ったボール箱。オーデコロン。だめになったボールペン(いま書いている小説の苦しみの記念として。書き上げた時に眺めてよろこびたい)。原稿用紙、もう清書した原稿、。いろいろな色のペン、鋏、フランス製の櫛などの入った箱。小さなシャボン、ピン、針、糸、口紅の入った硝子の皿。シチュウの空き缶(食事のとき、おかずや味噌汁を載せる)。薬瓶、酢、テーブル用醤油、ソオス、洋杯(コップ)・・・ラジオ、鍋。ベッドの下は、モスグリインの絨毯の掃除が大変なので新聞紙が厚めにしいてある。

 などなど、まだ続くのだ。人一倍不器用だったらしい茉莉がベッドに味噌汁をこぼさなかったかしらと心配したり、しかし、これらの品々があって、どうやって寝たのだろう。

(新聞紙云々で、ははあ、と合点したこと。茉莉の部屋の片付けをした人(女性)がのちに書いたものに、新聞紙が土のようになっていて椅子の脚が埋まり、椅子がなかなか動かせなかった、というはなし、ベッドの下の奥から新聞紙に生えたきのこを刈ったというはなし、あれは事実だったねと。)

 料理は上手で、健啖家でもあったらしい。ごてごていじらずさっと仕上げて美味しいものを作ったようだが、その材料を刻むのもベッドの上だった。魚は骨をとったりしないで済むように刺身を上等の酒と醤油でさっと煮たとか。
 下着は銭湯へ行くたび新しいのを着て脱いだものは捨てたとか(執筆が忙しくなってから)。

 硝子のものが好きで空き瓶を飾って置くのだが、その色を「毒薬の壜のような暗緑色の」「色のない透明な硝子あまり違わないごく薄い緑」「濃い藍色の壜(古代の曲玉の色か、硝子の製法が・・・・から伝わったころの原始的な、ビイドロとかギヤマンと言われていたような色)」とか。
 室生犀星が作者に掌を出させ、「これが水仙、これが梅」と落としてくれた干菓子の入った薬瓶。干菓子はすでに風化している。巨大(径一尺くらい)な深紅の薔薇の造花が緑の壜に挿してある。

「ぜいたくは自分の気分で出せる」という茉莉は、大好きな自分の部屋で一人生を終えた。



by buribushi | 2017-04-26 18:31 | | Comments(2)

森茉莉「幸福はただ私の部屋の中だけに」

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部分入れ歯は初めての入れ歯で、うっとうしがっているうちにそれに引っかけて嵌めていた自前の歯が取れてしまった。
夫が病んでいるときで、長く歯科へいかないままになり、その間に歯茎も変形したらしい。今年になって行き始めたが、入れ歯を部分治しして嵌めたのが大変具合わるい。舌の側面があたるところが痛い、物を噛むどころか嵌めているだけで痛い。一日がまんして、さっきお茶漬けを流し込んでやれやれと歯を外したが、傷んだ舌はまだ痛い。はー。どうしたものかねー。
インプラントとかいう、入れ歯ならぬ人工歯を奨められているが、それは厭なのだ。どうすべき、どうすべき。

持って行って待ち時間に読んでいた、森茉莉のエッセイ集「幸福はただ私の部屋の中だけに」(ちくま文庫・早川茉莉編)。今までに読んだ作品と、初めて読む作品が混じっている。初めて読んだ「シャーロック・ホウムズ」という文の一部。
(・・・若い昔と全くおなじように、まだ何十年も生きて居るという感じで毎日生きているが、あと上手くいけば五年か七年、まあたいていはたかだか二年、もしかすると一年かも知れない)と。
いま自分の生きている感じとおんなじ。
このとき茉莉は幾つだったのだ?1976年に書かれたということは、73歳の時だ。亡くなったのが84歳、この文のあと11年。

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本は他に「紅茶と薔薇の日々」「贅沢貧乏のおしゃれ帖」いずれも読んだことのある作品、ない作品が混じっている。



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by buribushi | 2017-04-20 21:13 | | Comments(14)

紫木蓮

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 俳句は575の17音、短歌は57577の31音、いずれにせよ定まった形とリズムを持つ定型詩。
決まった形にするためには饒舌は許されず、そぎ落としてそぎ落として残った芯が作品、ということでは俳句の方がよりストイックだろう。
 俳句には季語を一つつかうという約束がある。季語はただの単語ではなくて、それを見る人に桜なら桜の持つ無限のイメージを運ぶ可能性があるわけ。だから、日本語でなくては叶わない世界だと思う。
 外国語で俳句を詠むとか、俳句を外国語に訳すということは、ほんとはあり得ないことで、haikuではない、なにか別の言葉があっていい。
 と、いうようなことをしゃべって、自作の俳句の英訳集を作った人の大顰蹙を買い、縁が切れてしまった。しかたがない。だってほんとだもん。
 言葉の意味だけ正確に訳しても、決して17音の世界の大きさは伝わらないだろう。

 戒名は真砂女でよろし紫木蓮 鈴木真砂女 
という有名な句がある。不幸な結婚生活をしていたとき、はげしい恋に落ちて、文字通りすべてを捨てて別の人生に入ってしまった人が、死んでも戒名は要らない、と。
 戒名にその人の業績とか生き方とかを表す文字を入れるというのはしばしば見かけるが、彼女は良くも悪しくも、人に自分の生をまとめたりなど、されたくなかったのだろう。高々と天に向かって咲いて、深い色の花を季語に選んである。
 これらのことを、外国語でなくてニホンゴの口語であっても、書き表そうとしたらどれだけ多くの言葉が要ることだろう。
 





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by buribushi | 2017-04-15 13:07 | | Comments(8)

「野草の手紙」ファン・デグォン、酒粕パン、

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 ファン・デグォン(黄大権)は、1985年にアメリカ留学から一時帰国した直後、無実の政治犯としてとらわれ、金大中政権が出来て98年に特赦で釈放されるまで、13年あまりを独房で過ごした。
 日記まで禁じられた彼が、唯一許された週一度の妹宛の手紙と、そこに添えられた野草のスケッチ。
 5年間無実を訴えつづけても実らず心身疲れ切っていたとき、ふと雑草に目がとまり、資料を取り寄せて野草の研究に没頭、しまいには刑務所内に野草園を作り上げて、心身回復していった。この本は02年に出版されてベストセラーになった。
 薬草をブレンドしてお茶をたて、野草の漬け物「水キムチ」は仲間もよろこんだし、茹でて味噌和えにした野草も美味しかった(そういうことは出来る牢屋だったんだね)。
折角作った野草畑を清掃員にむしられたり、なかまが下水から「採取」した人糞を薬草にまで肥料として撒いて仕舞ったり、苦労のさまがかなしくもおかしい。



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 スベリヒユの話のページ。スベリヒユは湯通しして干して置くと保存出来て、冬も食べられる。あらゆるむくみやできもの、その他薬効の多い草だという。
 彼が参考にしたのはチャン・ジュングン著「体に良い山野草」で、この本は学問的知識の羅列ではなく「山野草オタク」のチャン博士の経験と知識の記録で、実用的、とある。
 13年は長かったが、そこで自然と向き合い(草のみでなく虫やネズミまで)多くを学び喜びを見つけた。これは草の本で、生き方の本。




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 今日のオマケ写真。
 ド〇ロクを絞った後のゆるい酒粕を小麦粉と練り混ぜてしばらく置き、蒸したパン。塩を入れたオリーブ油と、黒糖を煮て作った黒みつを添えた。




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by buribushi | 2017-04-12 21:48 | | Comments(4)

ひでこさんの本とその読み方

a0203003_17402938.jpg つばた英子、しゅういちさんの本は、「あしたもこはるびより」「ひでこさんのたからもの」「時をためるくらし」「ふたりからひとり」と、読んで来た。
これはハブ茶と麦茶のページだが、麦茶は実行済み、ことしはハブ茶も作ろうとエビスグサの種を買った。
a0203003_1741095.jpg 自分のところで取れた梅で梅干しを漬けたい、と長く思っていた。いまの場所に移って来てからは、豊作、不作はあるけど、ほぼ、実現できている。
満80歳になる今年、小梅を植えたのは、ひでこさんの精神を真似たのだ。
a0203003_17412851.jpg しゅういちさんは、自分の雑木林の木の枝で農具の修理をする。
小柄なひでこさんが使い易い、細くて軽い鎌の柄など。
仕事のさまがいかにも楽しげ。右下の写真の背景に、ウォールボケットが吊ってあるが、1から31までの数字入りで、細々したものが分けて入れてある。ミシンも得意だそうだから、彼の手作りだろう。

 私はこれらの本を寝ながら読んで、眠くなってぽとっと本を落として寝入るのが好きだ。

 カスタマーレビューというものを読んだ。わたしと同じく嬉しがって読んでいる人が多い中で、否定的な文もある。「この二人の本を読むにつれもやもやを感ずる」。この本が褒められていることに対して「世の中、お人好しが多いですね」ほか、もっとひどい言葉で二人を否定している。
 心豊かなシンプルライフはお金が無ければ出来ない。という人。自分の母は子どもの時農作業を手伝わされて辛かったのでもうしたくないと言う。あの人達はこどものとき苦労しなかったから出来る、とか。(私は弁当持ちで朝から夕方まで一人で草取り、とか、雪が早く降って大根の取り入れを母としたときは高熱を発したとか、あったけど、いまは畑が楽しい。自分の思うようにやれるもの。)
 ひでこさんが家計簿も付けないで、とか、冷凍庫を幾つも持つのはゼイタク、とか。まあ何でも言いなはれ。野を歩いて花を見ず、虫やいら草ばかり見つけて文句いうのも本人の勝手です。

 年収の2倍ものヨットを買ってしまったしゅういちさんに「男の人はおもちゃが要る」という。実家から持って来たお金も、着物も宝石も使ってしまった。質屋の帰り、お金になったことが嬉しくてしゅういちさんの好きなステーキ肉を買う。このいい加減さ、良く言えばおおらかさがなかったら、あのうちは成り立たないだろう。きちんと家計簿を付けるような人ならこの暮らしには耐えられない。

 この4冊は聞き書きで、最近復刊の新書版の1冊とは随分感じが違う。4冊のとてつもない大らかさとは少し違い、「男のわがまま」などという言葉も見える。
 あ、優秀な編集者が入るとはこういう事なんだな。上等な材料の英子さんを、さらに美味しく料理してある。英子さんも歳月で変わられたところもあるだろうが。

 うちはもうすぐ80歳の二人暮らし、夫の年金と、退職金をはたいて買った150坪ばかりの畑があって、それだけでゆったりした気持ちで暮らしている。
 私は20年位前から、少々自分の収入がある。無名者の原稿料だから、内職程度のものだが、読みたい本や自分の身につけるものを買うくらいのことは出来る。これがどれだけ気持ちの安定に効くか、はかりしれない。英子さんの処も出版はあるし、畑のものやその加工品は毎月何十個も小荷物にして送り出している。年金だけでは心豊かに暮らせない、ということは、ないと思う。
わたしも一生かかってここにたどり着いたので、人にとやこう言われる事はなんにも無い。

 畑の縁に植えた、798円で買ったすももは今年も蕾をびっしりつけ、年々増やしていま4本。雑木林が好き、と、家の周りに植えたエゴノキは落ち実から一人生えして殖え、雑木林を名乗るほどでは無いから薮と称している。下草も一々好きなものばかり。
 欲しかった小梅の木を、今年はえいっと買って植えてしまったのは英子さん効果だ。

 造り酒屋に生まれた英子さんと違い、「買うなら最高のもの」という暮らしは出来なかった。五十何年使った簞笥はがたがただけど、大丈夫、80オバーの終わりまでは保つ。安物、なんの問題もなし。人は人。
 残り時間は少ないので、どう片づけて行くかがいまの最大の関心事。

(長広舌、ご無礼いたしました)



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by buribushi | 2017-04-09 18:39 | | Comments(8)

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