おしゃべりきものⅡ-または、おしゃべりねこ

カテゴリ:よのなか( 53 )




もう一度だけナガミノヒナゲシについて

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 5月27日に「ナガミノヒナゲシいじめ」を書いたが、もう一度だけ書いて締めくくりたい。
 たしかに、罌粟だから種子の数が多く、条件が良ければ沢山咲いていることがある。でも、一部の人が言うように、他の草を排除して殖えて行くような力は、無い。
 うちの畑は、草避けのためにと昨年秋、夫が大麦を一面に蒔いた。不安だったが、実験のためと言うことで、経過を見ていた。
 びっしり生えた麦は、混んでいるためあまり大きくならず、根も張らなかったので、手で簡単に抜くことが出来て、他の草が生えていなかった。
 麦がやや薄蒔きだったところにはナガミノヒナゲシが生えていたが、麦の陰になって成長できず、4センチか5センチの個体にただ一つずつ、マッチの頭くらいの花が着いていた。

 このケシは、一年に一度ずつ種子を落として新しく生えないと花が咲かない一年草だ。道端や草むらに生えているのは、蓬、おおばこ、杉菜、すいば、ぎしぎし、ドクダミ、茅(ちがや)、あのセイタカアワダチソウなど、ほとんどが一度生えたら何年でも更新し生存する多年草だが、ひよわな一年草が、どうして多年草を駆逐出来る?植物のことをほんとに好きな人なら、すぐ理解出来る筈だ。

 畑の草むしりと同じで不要ならば抜き捨てればいい、それだけのことで、ネットを使って広めたり人に指図したりするようなこととは違うと思う。
 
 植物も自分を守らなければならないから、アレロパシーを行使しているものはいろいろある。コンパニオンプランツと言って、作物の虫除けや病気避けに、同じ畝にニラを植えたり、マリーゴールドを植えたりするのはそれを逆に利用しているのだし、彼岸花はミミズも寄せ付けないので、ミミズを追って穴を掘るモグラ避けのために田畑の周りに植えられた。彼岸花の群落で有名な処など、みなそうして人が殖やしたのだ。
 鑑賞用のつもりで持ち込まれたり、輸入物に着いて入ったり、外来植物と言うものもいずれは人のなせるワザで広まった。生命力のあるものが残った。よくよく毒のものなどは仕方無いとして、もう、折り合って生きて行くしか無いと思うよ。

 もうひとつ。ヘイトスピーチなどと通ずる「排除」の精神は自分にまず効いてしまう。例を挙げるのは止めて置くけど、はっきり結果が出ているから、聞きたい人はいつでも聞いて。



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by buribushi | 2017-06-03 17:06 | よのなか | Comments(8)

出て来た戦争中の小学生のノート

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昨日思い出していた、私が小学生の時のノート。慰問袋に入れるというので書いた(書かされた)「兵たいさん」への手紙。署名に「初一」とあるのは初等科一年ということで、三年生からは小学校三年、と書くようになった。
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このノート、ザラ紙に謄写版で刷ったマス目がある。
婦人雑誌の付録らしいもので作って新聞紙で包み、糸で縫い付けた表紙。この手製のノートは、ヤマグチセツコせんせいに頂いた。
お元気ならば90代になられたはず。
以上は蘇原村立切井こくみんがっこう、というところで。

a0203003_1112865.jpg一緒に出て来たスケッチから。
a0203003_11124717.jpg魚沼の家で、昭和26年(1951年)。
囲炉裏端でタバコを吸う祖母と、編み物をする母。
左下はスケッチではなく記憶で描いた。










お茶飲みに来ていた隣の「与吉のばっぱ」。囲炉裏端で茶碗を持っている。

左側は「與兵衛のばっぱ」
右下は祖母「武右エ門」のばっぱ。
このおばあさん達、60代のはずだが、みんな見事におばあさん。



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昭和29(1954)年6月6日と日付が入っていて、高校の寄宿舎時代とわかる。試験期間中で、仮寝のヤマシタミワコさん。一歳年上、お元気か。




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by buribushi | 2017-03-05 11:19 | よのなか | Comments(10)

良寛の里九条の会、戦争を語る・戦争を聞く

a0203003_2134565.jpg新潟県原爆被害者の会の山内悦子会長が体験談をして下さった。
アメリカの飛行機が低空飛行して、ヒゲのある男が笑いながら機銃掃射をして行ったこと。

広島の爆心地からわずか2キロ余のところで被爆して、母・弟とともにからくも逃れ得たお話。
橋が焼け落ちた街で、人の死体を踏んで川を渡った話。

出産後貧血がひどくなり、ご主人が彼女のために墓地を探していた話。

被爆経験を、反戦を、語るために自分の時間がもっともっと欲しかった。ご主人が亡くなったとき、これで24時間私のものだ!と思ったこと。



a0203003_21352024.jpg私は終戦時8歳だったから、着るものが乏しくて洗濯が充分出来なかったこと。親が必死の働きでおなかは満たして呉れたが、栄養の偏りでおできだらけのこどもだったこと。新聞の紙数がだんだん減って、ただ1枚、2ページだけになり、それもいま思えば大本営発表という偽りに満ちていたこと。くらいしか直接の体験は語れない。
しかし、軍人戦死者230万のうち6割強の戦病死とは、ほとんどが餓死だったことなどいま知る。大切な者たちをそんな目に会わせられると思うか。
戦争はあるとき突然起こる。そうならないために私たちはもっと知らなければならないし考えなければならないと思う、と、最後に木村つゑさんの「にほんのひのまる なだてあがい かえらぬおらが息子の血であがい」を読んで終わった。
山内さnが「良かった!」と言って下さった。

「戦争を語る会」というのをどう勘違いしてか、当時私は「少国民」でありました、と、軍歌を朗々と幾つも歌った人があったのはほんとうに悲しかった。(止めてもらいたいけど、司会者としてわたしはどうしたらいいでしょうか)というメモを山内さんに渡して、顔を見合わせるばかりであった。このことはあとで呼びかけ人諸氏と話さなければならない。たいへん疲れた。
「軍歌独唱」の人の後でマイクに向かったので、いま見たら両手を拳にしている。

新潟は原爆投下予定地の一つだった。実現しなかったのはただ天候のせいだったという。予行練習で落とされた模擬原爆で、長岡市に死者が出た。
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うちの実生シクラメンたち。
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by buribushi | 2017-03-04 22:18 | よのなか | Comments(9)

選挙事務所見舞いなど

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いつからあるのか記憶にない、鉢植えの山茶花が一輪咲いた。



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「薮」(庭)の竜胆が咲き続けている。鉢植えだったのが、自然にあちこちに散らばった。



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紅葉を見に出かけないが、うちの山法師がますます紅くなったのを日々見ている。



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柏崎市長選挙立候補者、竹内えいこさんの選挙事務所見舞いに。
友人のホシノさんは今月でお勤めを辞め、有給休暇いっぱいをぶち込んで事務所を守っている。寝袋を持ち込んで泊まり込みだという。
同じ反原発の立場から、福島県の会津坂下から見舞いに駆けつけた人もおられた。



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帰りに寄ったお団子やさん。草もちを三つ買った。
帰ってから昨日抜いた葱を干す。

今夜の満月は、69年ぶりに距離の近いスーパームーン、ということだったが、雨になった。昨日撮った月の写真を間違えて消したのが惜しい。


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by buribushi | 2016-11-14 18:22 | よのなか | Comments(6)

新潟県知事選挙

21時4分、朝日新聞から米山隆一候補の当選確実が出ました。
勝つ!必ず!と念じていたけど、8時に投票が締め切られて、はや当確とは、嬉しい驚き。
これで原発再稼働反対の前知事を引き継ぐ新知事を得た。新潟県民、天下に胸を張れる。

子どもに、友だちに、電話、メールを打ちまくる。あー、このよろこびよ。

21時6分、NHKニュース速報が当確を。






by buribushi | 2016-10-16 21:31 | よのなか | Comments(12)

バングラデシュ・ナマプティア村の小学校

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5月17日に「バングラデシュに学校を」をここに書いている。
その日の写真と記事が今日地元紙「新潟日報」に載っていた。91年から見附市に住んでいるエラヒさんは、バングラデシュの首都ダッカから北へ100キロ離れたナマプティア村の出身で、「日本へ来てからバングラデシュのために何もしてこなかった。小学校は隣村にしかないので、ナマプティアに小学校を作りたい」と、村に自分の土地を寄付し、アジアンマザー基金を立ち上げた話。

今日の新聞には、アジアンマザー基金代表のエラヒ美砂子さんの電話番号が載っていたが、朝6時台から電話が鳴り続けたと、嬉しい話を夜になってから伝えてくださった。
老人が多くて、「こころざしを届けたくても、足が悪くて歩けない。済まないことだが取りに来てくれないか」という電話。「年金が出たらすぐに届けるから」という電話。有難くて涙の出るような話ばかりだった、と。
わたしも含めて、豊かでは無いが、衣食の心配は無い、普通の老人。なにか少しでも人の役に立ちたいと思っていても、どうすればいいかわからない。
そういう人達が、やれ嬉しや、これで人の為になることが出来ると思って、新聞を見るなり電話をしたかった気持ちがよくわかる。

この前も書いたが、エラヒさんは金属プレス会社に勤める会社員で、美砂子さんは看護師として働いている。ご自分たちも普通の生活者で、有り余る暮らしというわけではない。
ご本人たちも、賛同する人たちも、みなつつましい小生活者。世の中、捨てたものではない。

アジアンマザー基金問い合わせ 0258-66-1062 エラヒ美砂子。

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よかったね。きょうもいい日だったね。


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by buribushi | 2016-06-09 21:29 | よのなか | Comments(0)

バングラデシュの村に学校を-アジアンマザー草の根運動

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うちの周りで咲いている花を切って、根元を濡れた物でつつみ、パン屋さんの袋を切り開いてくるんで花束を作った。
花束を作って何処へ行ったかというと・・・


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見附市今町の公民館で開かれた、アジアンマザー草の根運動の集まりに。
モハメッド・ヌルル・エラヒさんは、お国のバングラデシュを出て日本へ来られてから28年、バングラデシュの郷里のために学校を建てたいという思いを、奥さんの美砂子さんと一緒に実現するためにこの運動を始められた。


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お二人の後ろにあるのはバングラデシュの国旗。日の丸にデザインが似ているが、1971年パキスタンから独立するために流された人々の血を赤で、戦場になった草原を緑であらわしたのだという。
北海道より少し大きい位の国土に1億2千万の人々が住むと言うことなども、今日伺った。

エラヒさんは空手の指導者であり、金型工場で働く会社員、美砂子さんは看護師として働いておられて、失礼ながらお金をばんばん動かす実業家とは違い、普通の生活者である。
お国でお父さんから譲られた土地があったのを寄付した場所に学校を建てる。ご兄弟が待ちかねたように協力してくださったり、こちらの地元にも賛同者が出て来て、学校はいま半ば出来た。来年1月1日に開校の予定だという。
1年生から5年生までの5クラスに幼稚園。トイレが付いているのは贅沢なことなのだとか。電気は無い。
校医はエラヒさんの弟さんがボランティアで勤め、教師の報酬は、これもエラヒさんの寄付した土地に鶏や牛を飼ってまかないたい。と。

ささやかな私どもの寄付を善しとして、理事の名を下さった。
80歳に垂んとして、生きた証しが遠いバングラデシュの学校に残るというのは大きなよろこび、こちらからお礼を申し上げたい。
可愛らしい学校の名前は、F S MISAKO ELAHI IDEAL SCHOOL と言う。F Sはエラヒさんのご両親の名の頭文字。

エラヒさんのサイトhttp://www.geocities.jp/ysielahi/ajianmother/
建設中の可愛い小学校の写真あり。



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by buribushi | 2016-05-17 23:22 | よのなか | Comments(8)

今日の「良かった良かった」

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畑の隣が更地になっていたが、買い手がつき、今日はそこの地鎮祭。

春雨の降る中だったが、雨降って地固まる、というよ。良かった良かった。


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友だちに枝をもらって挿し木した白花沈丁花、初めてのつぼみがついた。





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これも友だちにもらった白花タンポポ、雪の下でペチャンコになっていたが、このところの暖かさでぐっと元気が出てきた。


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センニンソウがクレマチスの原種の一つ、とは知らないうちから、センニンソウは好きな花だった。

エゴの木に這い上がってずいぶん伸びた。今年も新芽がついた。


昨日、未知の訪問者あり、山林の番地を書いたものを持ってきた。おたくの山裾の竹が雪で倒れかかり、田にかぶさるので切って貰いたいという。そこは一時共同登記にしたけど、今は何々さんの山だと説明。

古い友人で、齟齬あり遠ざかったままの人がいる。最近、どうしてるかなあ、たまにお茶にでも呼ぶか、などと言い出しながらそのままになっていた。
むかし、人助けのようなことで、必要としてはいない山林二か所一括をその友人と買った。道らしい道のない山の上の雑木林と、車の通る道に近い杉林で、価値の違いがはっきりして分けにくく、共同で登記。
その後、彼から言いにくそうに、一か所ずつ分けたいと言い出された時、どっちみち要りようで買った山ではなし、うちは雑木林でいいんじゃない、と言うと、お前がそう言ってくれるなら決まりだ、と、雑木林を取った。
後で、思いがけず電力会社がうちの山の木を切り、補償があったりしたので、実質、とくに損はしなかった。

未知の人が来たことで弾みがついてお茶に誘おうと電話したら、友人が病気をしていることがわかった。すぐ見舞いに行って来た。幸い快方に向かったところ。あれもこれも、良かった良かった。




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by buribushi | 2016-03-19 19:43 | よのなか | Comments(10)

必要なものだけで出来た建物の美しさについて

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街で見かけた看板。「・・盗られるれ」末尾の「れ」は「で」の変化したので、盗られ、のれ、とは別物。

意訳すれば「盗られるよ!!」か。

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市役所の愛称は、市民から募集して決まった「アオーレ」という。方言として、意訳すれば、「会おうよ」になる。

それはともかく、高名建築家のデザインした建物、作りかけ?それとも壊れかけ?という様子が落ち着かず、恥ずかしくて、あまり行きたくない。

はたちのむかし、坂口安吾が、「日本文化私感-美について」のなかで、「必要な物だけで出来ているものは美しい。小菅刑務所の建物は美しい。ドライアイスの工場も、軍艦も美しい。美という立場から加えた一本の柱も無い。すべてはただ必要ということ」と書いているのを読んだ。その言葉はぴしゃっと心に焼き付いた。この建物に附けられている板は何の必要があるのだろう。
誰かがこの板に落書きをして行った。細長い板に縦に書いた文字は卒塔婆を連想させる。通りがかりに見て楽しい人があるだろうか。
私の一生には間に合わないが、歳月でこの建物が傷んで建て直されるときは、必要なものだけで、かっちりと清潔で、明るい建物になるように願っている。
(2013年8月18日に、内部の写真と、同じ趣旨を控えめに書いていたのを発見した)

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自然は必要な物だけで出来ている。名前は人が付けた。

オオイヌノフグリという名前。別名、瑠璃唐草。どちらでもない、この花にぴったりの名前を誰か知っていたら教えてください。



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by buribushi | 2016-03-12 20:48 | よのなか | Comments(12)

九条まもれパレード

29日、九条をまもる県民のつどいへ。
オープニングコンサートはギターによる「マラゲーニア」「禁じられた遊び」「イマジン」。
講演のあとはパレード、正味2キロほど、小雨のなかを歩く。
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 「クブラバリ・トングダ伝説」というものがある。
 与那国島は日本最南端、八重山列島の西の端にあたり、天候によっては台湾の島影が見えると言われる島だ。
 かつて、沖縄王朝が薩摩藩からの税の過酷さを宮古や八重山の島々に転嫁した、悪名高い「人頭税」というものがあった。
 天候被害などで生産が少ない年も王朝の税収が減らないよう、島や地域から取る税額を一定にした。15歳~50歳の男女全員に割り当てられた税は、身分の高い者が勝手に身分の低い者へ支払いを押しつけたりしたので、一般の者の生活は甚だ過酷だったという。
 廃藩置県で琉球王国が沖縄県になってもその制度が改まらなかったのを、新潟県人中村十作らの決死の働きで1903年にやっと廃止されたのだが、今日はその話ではなくて。中村十作の話「大世積綾船(うふゆつんあやふに)」は以前書いた。

 クブラバリというのは与那国島の海岸にある岩の裂け目で、妊婦はそこを飛び越えるよう強いられた。飛び越えられても死産流産、飛び越えられなければ母子ともどもに死ぬ。トングダは一枚の田で、いきなり招集を掛けて島中の男をそこに集める。時間内に田に入れなかった病弱者などは殺された、という伝説である。
 
 一人一人にでは無く島全体に割り当てられた税は、人数で割って納めることになる。妊婦や弱者を間引くという話は矛盾がある。これは近世になってからの作り話であろうということは、学者や文筆家が書いていて、私もそちらを信ずる。
 
 今日の講演を散漫に感じていたところへ、クブラバリ・トングダ伝説を事実として、現在の沖縄の苦悩と混同したりして話されたのですっかり落胆。会の正式名称も開催地も省く。

追記
 中村十作のことは2013年11月28日に「人頭税・おもろさうし・黒麹」という題で書いていた。また、2011年9月4日にも「群星考(ぶりぶしこう)」ですこし触れている。



by buribushi | 2015-11-30 11:30 | よのなか | Comments(2)

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