人気ブログランキング | 話題のタグを見る

おしゃべりねこ

その金をここに差し出したまへ-安立スハル歌集を読む

安立スハル歌集「この梅生ずべし」にある歌。
  ある人の言葉、おのづから歌になりて の、詞書き(ことばがき)あり。

 金にては幸福はもたらされぬといふならばその金をここに差し出したまへ

ある人の言葉、と言っても、強い共感があったればこそ拾い上げられた言葉だろう。「幸福は金では買えない」とはよく言われることながら、世の中の不幸の多くが金で解決することもまた真実であり、「そう言うならその金をここに出して見なさい」。
歌にし難い金銭のことを、このように詠った人を他に知らない。

 細君の縫ひたるらしきシャツを着て励む大工をよしと見て立つ
 車窓に来る青田に草を取る農婦人知れず生き且つ死にゆかむ
 もののはずみに何か亢ぶり医者などに盲従はせずと言ひてしまひぬ
 努力さへしてをればよしといふものにもあらずパセリを刻みつつ思ふ
 ある時は恚(いか)りて硯をぶつけしとふ樋口一葉がよき仕事しぬ
 確信して疑はざるを愚者となすわれの心を知らば恚らむ
 ちかぢかと鳶鳴きしこゑわが内より出づる叫びのごとく聞きたり
 みずからの無知を知るにもある程度の理知なるものを必要とする
 生きるとは諦めぬこと樫の木に低く鳴る風を聞きて戻りつ
 この町には自由に道をゆききする仔牛居て眼のむらさき澄めり
 自が植ゑし山草を日々に目守りつつあるかなきかのごとくに生くる

若い日を長く病んで過ごした作者の目は内へ内へと向かわざるを得ず、「人なき辺にあっても私自身のために書かざるを得ない歌」「光が無いならば私は自分でそれをつくり出すほかはない」などの言葉も残している(あとがき)。

いわゆる結社のなかにも、真に「ほんとうの歌詠み」はそんなに多くは無いものだ。
安立さんはほんとうの歌読みであった。
師の没後、居づらくされたものの中に、安立さんは歯を食いしばって生の終わりまで結社にとどまられた。残るも辛く、去るも辛い選択、私は何年か我慢しただけであった。直ちに去った人もあり、そのつよさを私は羨んだ。

追記
ネットで見たところ、「安立スハル全歌集」が2007年か8年に出ている(10500円)。絶版で、いまのところ手に入れる手だてはない。せめて読みたい。県立図書館に問い合わせてみよう。
結社を離れるということは、その世界では死とおなじことなので、こんなざまである。
その中にあるという歌。
  間違って生きてゐるかも知れぬけどこのままゆかむぶつかってゆかむ
  大切なことと大切でないことをより分けて生きん残年短し
  長生きをするといふのは知る人がどしどし死んでゆくといふこと



by buribushi | 2012-07-28 07:28 | 本・短歌など | Comments(6)
Commented by kazuyoo60 at 2012-07-28 11:23 x
人様の生き様が歌となり、それをこうして再確認されてます。やっぱり出会わないと、見聞きのうちに無いと、自省は出来ませんね。
Commented by coralway at 2012-07-28 18:59 x
「幸福は金では買えない」と言われると、そりゃ〜そうだけど・・と思いますね。

ところが、安立スハルさんの歌を読めば、そのとおり!!ですねぇ。

この方、歌集は一冊だそうですが、以降の歌はどうなっちゃうんでしょ。

結社って、文学的な結びつきだけではないってことでしょうか。

うーむ。

ともかく、安立スハルさん。覚えておきます。ありがとうございます。
Commented by buribushi at 2012-07-28 19:56
kazuyoo60さん
若いとき何年も病臥されたようです。深い人間観察もそれでなさっていたのでしょうか。
Commented by buribushi at 2012-07-28 20:07
coralwayさん
安立さんは歌集を1冊しか残されませんでした。
やはり病気と独身という共通点のある、ある作家は、没後妹さんがいい歌集を出されました。
作者と同じ位、似た感覚がなかったら難しいことかと思ったり、いや、本当の歌の仲間がいたら可能と思ったり。
追々に好きな歌集を紹介して行きたいんですけど、私も関わって作った遺歌集もあります。
結社の若い時代は、年齢も性別も社会的地位とか職業とかも、なーんにもかかわらない、ただ「歌の仲間」としての付き合いがありました。ここは別世界だと嬉しかったものです。
でも、結社が古くなってくると、狭い世界だけに娑婆より娑婆くさくなってしまうものだということを知ってしまいました。
43年在籍した結社を去った、その踏ん切りは、沖縄へ通ううちにつきました。
安立さんのことを知ってくださって嬉しいです。
Commented by 居酒屋猫まみれ at 2012-07-28 23:36 x
歌の事はまったくの素人なのですが、
この方の歌。
まるで描きためたスケッチブックを覗いているようです。
するすると情景が浮かんで何だか心地いい。
集団やら派閥やらに属する事は、安心でもあり束縛でもありますね。
好きな物や目指す物が同じ者同士がわいわいと仲良くしているうちは
楽しいですが、
いずれ仕切り屋さんが出てきたり、派閥ができたり、
この世の常なのでしょうが....。
Commented by buribushi at 2012-07-29 10:56
居酒屋猫まみれさん
そうですね、読んで心地いいのがいい歌だと思います。
尊敬する蒲池由之という人がいましたが、「歌集には二種類あります。いい歌集とそうでない歌集です。見分け方は簡単で、しまいまで読めるのがいい歌集です」と、ハガキに書いてくださいました。
どう努力しても読み続けられないような歌集を寄贈され、なんとか読んで礼状を書かねばならないつらさから逃れたことは、結社を離れたことの美点です。
カンチガイ集団が出来て、歌をやっているだけで自分をゲージツ家と思っていたり。
派手な服、紫に染めた髪、両手に指輪、なんていう老婆が集団で歩く異様な歌会についていけると思う?

日々の気楽なおしゃべりです
by すばる

最新の記事

「ふちゃぎ」を作ろう
at 2024-03-18 22:43
こころもとない春
at 2024-03-18 10:07
春汚い
at 2024-03-17 21:27
摘み草
at 2024-03-16 18:40
ねこペンダント
at 2024-03-16 09:20
風呂に火を焚く
at 2024-03-15 22:11
ゆっくりと春
at 2024-03-15 09:51
畑の事とか、不祝儀のこととか
at 2024-03-14 09:28
伊能忠敬記念ウォーク
at 2024-03-13 14:46
梅一輪
at 2024-03-13 13:32
ガスストーブ
at 2024-03-12 19:08
伝えてなかった感謝。また、短..
at 2024-03-12 09:09
うちなー食材
at 2024-03-10 08:52
楽しいことをかんがえよう
at 2024-03-09 09:04
天の助け?
at 2024-03-09 08:36
夜の雪
at 2024-03-08 21:31
やまと尼寺精進日記
at 2024-03-07 20:44
古い冊子
at 2024-03-07 11:54
潮干狩り
at 2024-03-06 01:52
同級生
at 2024-03-05 16:14

最新のコメント

ピースちゃんペンダント。..
by mikas at 14:55
すばるさんこんにちは。 ..
by mikeblog at 12:44
ミケさまこんばんは。 ..
by buribushi at 18:53
kazuyoo60さま ..
by buribushi at 18:43
すばるさんこんにちは。 ..
by mikeblog at 12:55
我が家の三つ葉、今摘んだ..
by kazuyoo60 at 10:41
ミケさまおはようございま..
by buribushi at 06:52
すばるさんこんばんは。 ..
by mikeblog at 22:24
そういえば鶏の声、ながく..
by buribushi at 21:02
ミケさま そう、袋は必..
by buribushi at 20:55
すばるさんおはようござい..
by mikeblog at 09:15
ミケさま >菜の花を摘..
by buribushi at 07:04
すばるさんこんばんは。 ..
by mikeblog at 23:01
tsunojirushi..
by buribushi at 20:55
おお、参考になります。こ..
by tsunojirushi at 18:58
kazuyoo60さま ..
by buribushi at 07:13
強い風呂が良いですね。我..
by kazuyoo60 at 06:30
kayocha1218さ..
by buribushi at 05:42
ミケさまおはようございま..
by buribushi at 05:35
merapopupさま ..
by buribushi at 05:30

にゃんの針しごと

◆gardening
   ☆kazuyoo60さん
     のブログ
◆ネコと飼い主その職業と
  趣味

   ☆ゴンベイさんのブログ
◆元気そうじ屋
   ☆片付け・そうじ屋さん
     のブログ
◆掟破り*キモノ日記

   ☆華宵さんのブログ
◆なんでもかんでも手帳

   ☆ミミの父さんのブログ
◆東成瀬通信「んだすか。」

   ☆杉山彰・あおい夫妻
     のブログ
◆気まぐれフォトダイアリー

   ☆咲さんのブログ

以前の記事

2024年 03月
2024年 02月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 10月
2023年 09月
2023年 08月
2023年 07月
2023年 06月
2023年 05月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 11月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 07月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 12月
2021年 11月
2021年 10月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月

ファン

検索

ブログパーツ