おしゃべりきものⅡ-または、おしゃべりねこ

「キジバトの記」

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上野英信の本を読んだら、夫人の上野晴子の著書を読み返したくなった。

本の帯に文章の一節が引かれている。
「人の出入りの絶え間なかった門前で、キジバトの存在に気付いた人はほとんどいなかった。まして、この家の女房が、キジバトの平安にあこがれていたことなど誰も知らない。夫の性格はあまりに強く、その目指すところはあまりに高かったがゆえに、伴侶として力不足の私はしばしば失速し転落した」

力不足と書いてはいるが、何びとであっても上野英信の思うままに「仕え」られる人などこの世に無かったのではないか。晴子は「教育でなく調教」「精神の纏足状態」というすさまじい言葉でみずからが夫から受けた扱いを書いている。
一人息子の朱(あかし)によれば、来客の前で罵倒された晴子が台所に来て「あたしは法皇のロバになるんだから」と言っていたという。長い忍従の末、相手を空高く蹴飛ばしてしまう、ドーデの作品のロバのことだ。

結婚が決まってから、英信は晴子が少女時代からやって来た短歌を作ることを禁じている。「短歌が文学というならばの話だが、きみは文学に毒されている」というのが言い分である。

キジバトの記を読み進むと、「心のかさぶたが乾き始めたのではないか」というところがあって、夫の死後、一人になってゆっくりものを思うことが出来るようになり、理解や整理が心に生じたことを物語るようで、ほっとする。かくれキリシタンのように作り続けた短歌のノートも、やっとおおっぴらに机に置けるようになっていた。
夫の死語10年、「いろいろあったけれどなかなかに楽しい人生だった」と言う言葉を残して1997年に晴子は亡くなっている。
10年の歳月は、ただ一冊の著書「キジバトの記」にまとめられた文章を生み、心の闇を逃れ得たのではないか。

朱の謝辞に出てくる名前に覚えがあった。山福康政。本棚を見回したら、何回かの大・古書店行きを免れて、あった。北九州の山福印刷あるじ山福康政が著した本「付録」(これが正式の本の名前)。俳句、文章、イラスト、全部手書き。1979年発行。
開いたページは上野英信の「筑豊文庫」での食事風景。康政、その夫人と子、英信、晴子、朱。朱が「ここの猫はネコという名です」と言っている。
食べることも思想であることを腹に応えて教えてもらった、と、康政が言う。食事の内容が、欄外にこまごまと書いてある。

本棚の中でぐるりと廻って完結する世界、ああ活字中毒者の醍醐味。

上野朱の著書「蕨の家-上野英信と晴子」も読み返したい。

(晴子の短歌は少し読んだ。それこそ不遜を顧みずに言うならば、晴子は文章の人で、短歌の人ではなかったと、私は思う。英信ほどの人が彼女の短歌について分からなかったとは思わない。止めさせるのにああいう言い方をしたのは彼の愛情である。)



by buribushi | 2012-02-07 06:00 | 本・短歌など | Comments(4)
Commented by EPOM at 2012-02-07 08:01 x
すばるお姉さま
素晴らしい感想文 特賞と存じます 泣けてしまいました
私なども短歌を詠みますが思いを深めること言葉を探すことが病の薬によるためか出来なくなりつつあります
私の師は女子校のときの先生相澤かほる先生 砂子屋書房から二冊でています歌集
「貧しき者よぶらんこをこげ」「北の家族」です。
Commented by kazuyoo60 at 2012-02-07 09:59 x
>精神の纏足状態
あらま~、本当に我慢ならないのならその手段もあったはずです。
心理的切迫状態で考える力さえも奪われたかな、としても10年はご自分らしく暮らされたのですね。
Commented by buribushi at 2012-02-07 11:07
EPOMさん
いい本に出会うのは人生のよろこびです。
上野晴子の一生はこの本を書いたことでむくわれると思うし、
容易ならぬ生だったからこそ書けた本だと思うし、
幸・不幸はかんたんにきめられませんね。
さきごろ、ある三味線の演奏家が人の演奏を評して「演奏は上手いが音が濁っている。下手なのだが、音は澄んできれいな人もある」これは天成のもので、修練の届かないところらしいです。
その言葉を知って、人の歌の選をする上で今までにない大きな気づきがありました。
自費出版の歌集を作るとき、その数は知れていますが、それでも自分の歌集に古書店で出会う事があります。
Commented by buribushi at 2012-02-07 11:16
kazuyoo60さん
とは言っても、記録文学者としての夫の仕事に対する尊敬があり、駄々っ子のようで可愛いと思うこともあり、そして何より周りの反対を押し切って自分で選んだ道であり、続いたんでしょうね。
晩年、「私以外の人なら三日と持たない。私も今は出来ない」と言っています。
山福さんの本に、晴子さんの作る食べ物はほんとうに美味かった、食べることも思想であると教えて貰ったと書いてあります。
英信は、野菜が多いと海の物が食べたいといい、魚が出ておれば野菜をつけあわせとしか考えないお前は野菜に尊敬が足りないと言い・・・つまり駄々っ子、安心して甘えていたとも思われます。仕事は偉大でしたが晴子あってこそ出来た仕事と思います。
しかし、晴子さんはえらかった。
最後の10年で心の瘡蓋が乾いて良かったです。

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