おしゃべりきものⅡ-または、おしゃべりねこ

石牟礼道子「椿の海の記」

「椿の海の記」は石牟礼道子の自伝的形式の長編のうち、2歳から5歳くらいまでが書かれている。

目が見えず気がふれている祖母「おもかさま」は、もう色も変わり果ててしまった白無垢のきものを一枚、しじゅう畳んだり、ひろげたり、まさぐっている。
気分がおだやかな時は、味噌を仕込む麹の具合を見てもらうと、ほつほつ噛んでみて仕込み時期を教えたりするが、妾と暮らしている連れ合いが戻って来ると荒れ狂い裸足で外をさまよう。
乱れきった白髪を誰にもさわらせないが、孫のみっちんが踏み台をかけて髪を梳き、元結いをかけて結ってやるとおとなしくしている。

いつもきりきり働いている髪結いさんは、ある日小さい荷物だけ持って車に乗り、駅へ行ったところで父親に取り押さえられる。

女郎に売られた少女は、恋仲になった少年に刺されて十六歳の生を終える。

かなしみのいっぱい詰まったそういう生が沢山出て来るが、ゆったりした方言は詩のようで、何回読んでも読むたびに新しい。

みちこが父親と海岸へ行った時の会話。古びて海岸にうち捨てられたかつての持ち船を見る。

「なして、いつもひとり?こん船は」
「なしてち、あんまり働いたけん、憩うとるわけじゃ。つとめのもう終わったけん」
「爺さまにならいたと?」
「うんにゃ、あんまり爺さまでもなかろうばってん・・・。この船はもう、うちでも五艘目じゃるけん。船の歳からすれば、えらい早うにくたぶれたもんじゃが。石積船じゃるけん、早う傷みの来た」

「ひとりで徒然(とぜ)なかかなあ、こん船」
「徒然なかかもしれんばってん、びなは這うてくるし、蟹(がね)は這うてくるし、星さまは毎晩流れ申さるし」

「潮の来れば、さぶーん、さぶーんちゅうて、波と遊んでおればよかばってん、にんげんの辛苦ちゅうもんは・・・こういう船のごつ、いさぎようはなか」

文庫本になってから、昭和55年に買って、何回読んだことだろう、こういう会話は暗記するほどだ。

「山に成るものは、山のあのひとたちのもんじゃけん、もらいにいたても、欲欲とこさぎ取ってしもうてはならん。カラス女(じょ)の、兎女の、狐女のちゅうひとたちのもんじゃるけん、ひかえて、もろうて来」

なんという丁寧な、優しい言葉だろう。そう言えばあの地のわらべうたに、「・・の・・どんの連れん来らるばい」と、人さらいまでもが殿をつけ、敬語で唄われていた。言葉はこころだから、そういう言葉を持つ土地が恋しい。

追記

島原の子守唄

おどみゃ 島原の おどみゃ 島原の
梨の木 育ちよ
何の なしやら 何の なしやら
色気なしばよ しょうかいな
はよ寝ろ 泣かんで おろろんばい
鬼(おん)の池ん久助どんの 連れんこらるばい

(鬼の池の久助とは若い女性を金で売り買いする女衒であったという)



by buribushi | 2011-07-07 20:31 | 本・短歌など | Comments(11)
Commented by 居酒屋猫まみれ at 2011-07-07 21:57 x
九州の、あの地方、ですね。
星は星様。万物に対する敬意は、今は薄らいで、
人はまるで自分らだけが偉そうに反っくり返っています。
昔はこうしてちゃんと敬意を払っていたのでしょうね。
Commented by buribushi at 2011-07-07 22:12
はい、あこがれます。
越後は、ことに私の郷里の魚沼は、敬語とか丁寧語の発達していないところでした。
「こんにちわ、いらっしゃいますか?ちょっと寄せてください」
を、魚沼のおばさんは「居たけー。何してるい(もう上がって来てる)」
あら、それもキライじゃないんだな、私。
魚沼に居たとき、二階でミシンを踏んでいたら「何が出来るい」とお向かいのおばさんが二階まで上がって来た。大家さんですけどね。

水俣病は、こんな優雅な言葉遣いで暮らしている人たちに起こったことなんですね。
Commented by buribushi at 2011-07-07 22:21
追伸
この下にもう一本、「梅みそ」作り方書きました。
Commented by kazuyoo60 at 2011-07-08 09:43 x
完全には意味がわからなくても、方言の豊かさを感じます。ぬくもりがとても良いですね。
戦ってる敵にも敬語を付けて--、中学生くらいの時の時代劇、場面も忘れてしまったのに、それだけが記憶に残っています。
Commented by 花音 at 2011-07-08 16:42 x
こんにちは
すばるさんはすごく難しい本をお読みなのですね~♪
私は、あまり難しくなるとよく分からなくなります。。。
恥ずかしいですね。
本も何冊もお読みなんでしょうね。
尊敬します。
私も以前は本が好きでしたが、とても分かりやすいものばかりでした。

けれど方言っていいですよね。
知らない地方の言葉でも親しみを感じます。(*^_^*)

Commented by buribushi at 2011-07-08 23:02
kazuyoo60さん、方言って好きです。私は小さいとき岐阜と新潟を行き来して育ったので、どっちの言葉も聞いて理解は出来ても、自分は完全には使いこなせないのが残念です。
敬語が発達している土地って文化を感じます。
奈良や京都は古くから開けた土地ですから、言葉も練れているのでしょうね。
Commented by buribushi at 2011-07-08 23:08
花音さん、ただの活字中毒ですよ、活字中毒。
年期が入っていて、小さい子どもの時分から、本を与えておけばおとなしくしているので、本に子守りさせていたらしいです。
今も一日1冊は読みますね。
図書館が遠いので、行くとまとめて借りたくなるけど、何冊もあると寝ないででも読んでしまうので困ります。
高校生の頃は文庫本しか買えないので、よくよく選んで買いました。だから、そのころの本は今も読むに耐えるものが多く、ぼろになっても捨てられません。
Commented by コロリ at 2011-07-09 08:36 x
岩手出身の古文の教師が、「暇なことを今でも徒然(とぜん)って言うんだよな」と言ってました。
ぼくは子どものころ誘うことを、「かたる」と言ってました。
江戸の昔の言葉なんだってさ。
方言?には歴史があるのだな。
Commented by buribushi at 2011-07-09 20:29
コロリさん、私も小さいとき使いました。「この子もかててやって呉れや」なんて。私は「かててくわえて」のかてるかと思っていました。

前に居た岐阜で「暑からずに」と言えば「暑いでしょうに」でしたね。

沖縄で渋面のことをカマジシと言って、だから「カマジサー」と言う言葉もありますね。これは語源がわからない。
ワラビ(わらべ)、トゥジ(刀自)、イナグ(おなご)はわかるけどイキガ(おとこ)は何でしょうね?
Commented by aisym at 2013-04-07 13:28 x
河出書房新社さんから新たに文庫化されましたね。
Commented by buribushi at 2013-04-07 15:45
aisymさん
いらっしゃいまし。
「ほぼまっすぐ読み 読書感想文のブログ」にお邪魔して、同じ
「椿の海の記」も拝見しました。
私は社会的な面も見ず、ただ言葉のおいしいところを摘んでいるだけの幼稚な読者、と赤面します。でもこの本、とても好きで、優しい方言にあやして貰うために時々読みます。

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